第29話

 「おやおや、これは修羅場というやつかい?」

 大森さんは、ひきつった笑顔で言う。

 「ねえ、この人だれ?」

 夕は僕を睨みながら、問いただすように聞く。

 「えー、っと。この人は大森さん。この間知り合った人でアニメとか漫画の趣味が合うから、ちょっと出かけようって」

 「ふ~ん、じゃあ何付き合うの?」

 「えー、ちょ、ちょっと何でそうなるの?」

 夕の突拍子も無い発言に、僕は思わず大声を上げて立ち上がった。

 「ちょいちょい、次は私にこの子の紹介をお願いしてもいいかな?」

 「ああ、この子は僕の幼馴染の長手夕です」

 「どうも」

 夕はなぜだか、敵意むき出しの様子で少し頭を下げた。

 「ああ、君が幼馴染ちゃんか」

 さすがと言うべきか、大森さんは余裕そうな笑みを浮かべた。

 でも、その様子が気に食わなかったのか、夕は頬を膨らませ。

 「あなたに幼馴染と言われる筋合いはない」

 すこぶる機嫌の悪い夕。

 「ああ、ごめんね。夕ちゃん」

 大森さんは、特に気にする様子はなく夕と距離を縮めようとする。

 「別に夕ちゃんから、幼馴染くんを取るつもりはないから安心して」

 「別そんなんじゃないし」

 夕は少し顔を赤くして顔を背ける。

 「かわいいね」

 大森さんはそう言うと、立ち上がった。

 「今日は解散にしようか。また、遊ぼう。次は夕ちゃんもおいで」

 「なんか、すいません」

 きっと、空気を読んでくれたのだろう。

 「いいよ。じゃあ、またね」

 ニコッと笑い、大森さんはバス停の方に向かっていった。


 僕らはその場に残って、少し気まずい空気が流れる。

 「ごめん、邪魔しちゃって」

 夕はやっと冷静なったのか、バツの悪そうな顔をして謝った。

 「いいよ、大森さんも怒ってないと思うし」

 「うん」

 それに、こんなこと言ったらだめかもしれないが、嫉妬してるようで少し嬉しかったりもした。

 「僕たちも帰ろっか」

 夕は黙ってうなずいた。

 随分と、しゅんとしている。


 「なんの話ししてたの」

 やっと夕が口を開いたのは、帰りのバスから降りたときだった。

 「漫画とか、アニメの話だよ」

 嘘はついていない。

 僕の話したことは話せず、解散してしまったから。

 「それだけ?」

 「うん。それだけ」

 「それだけ」

 静かな時間が流れる。

 お互い何かを話すわけでもない、ただ眩しく光る太陽はまだ高い。

 すると、スルッと右手が何かに掴まれた。

 暖かくて柔らかい何かに。

 「え?」

 僕は驚き夕を見つめる。

 それは夕の手だった。

 夕は顔を赤くして背ける。

 「こっち見んな」

 そう強く言うが、イマイチ覇気がない。

 「私が特別なら、休みは私といて」

 夕は握る手が強くなった。

 これじゃあ、勘違いしてしまうのは仕方ないだろう。

 まだ、付き合ってもない男に言うとこだろうか。

 それでも僕は、うなずいてしまう。

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