第11話
今日は昨日出来なかった、長手の誕生日会を行う。
会と言っても、参加するのは僕と長手、母さんの3人だけ。
母は、今日のためにケーキを焼いてくれている。
仕上げは、長手に任せるために生地の部分しか手を出していない。
あとは、長手を待つばかりだ。
長手は、今日いつもの金髪ではなく、黒髪のおさげに黒縁メガネといった学校スタイルできた。
格好も、白いカーディガンにボトムスを着て、いつもより落ち着いた様子だった。
「あれ?今日はそっちなんだ」
玄関で、迎えると長手は暗い表情で現れた。
「そうよ。悪い?」
それに機嫌も悪そうだ。
その理由はすぐにわかった。
「おす。来たぞ」
おばさんもセットに来ていたのだ。
その声を聞いて、リビングから母さんも顔を出した。
「あら?
驚いた様子でいうと、おばさんは頭をかき。
「それが、労働時間オーバーだとよ。だからしばらく休みに、なったわけだ」
「あらあら、そうだったの。ほら上がって」
「うお。邪魔するぞ」
おばさんは、母さんとリビングに入っていった。
きっと、これが長手が不機嫌の理由だろう。
「ま、まあ上がって。母さんがケーキを焼いてたよ」
「うん。お邪魔します」
少し、曇っていた顔が晴れた気がする。
「じゃあ、クリーム塗ろうか夕ちゃん」
母さんは、今朝焼いたスポンジ生地と泡立てた生クリームを持ってきて、ダイニングテーブルに置いた。
すると、長手は立ち上がり。
「あ、これ。お返しに」
長手は手に持った、紙袋を母さんに渡した。
「えー。いいの?」
「はい。昨日買った、マドレーヌです。おばさん好きって言ってたから」
受け取ると、母さんは目を潤ませ。
「うん。好き、大好き。ありがとう、夕ちゃん」
母さんは長手を抱きしめた。
長手は恥ずかしそうに、頬を赤らめ嬉しそうに笑っている。
「じゃあ、クリーム塗ろっか」
「はい」
長手は、ハケを受け取りクリームもすくい上げる。
「あ!その前にシロップを少し」
母さんは、キッチンに戻りボールとスプーンを持ってきて少量かける。
「もう、いいですか?」
長手は、母さんの顔を見ながら確認する。
「ええ。いいわよ」
長手はつばを飲み、クリームを生地に載せる。
おばさんは、その光景を見ながら。
「そんなの、ぱっとやればいいだろう」
「お母さんは黙ってて」
「お、おう」
おばさんは怒られ、退屈そうにコーヒーをすする。
「じゃあ、クリームをすくって、生地に薄く塗って」
「は、はい」
長手は薄くクリームを伸ばしていく。
「そうそう。上手よ」
長手は真剣な面持ちで、クリームを塗り進めた。
「う、難しい」
ヘラに入れる力ぐわいで、クリームは厚さを変える。
入れすぎると生地が見えてしまい。逆に弱すぎると上手く伸ばせない。
数分格闘し完成したのは、不格好なケーキだった。
仕上げにホイップでデコレーションしたが、それもやはり不格好だ。
長手は肩を落としていた。
「夕ちゃん、食べましょ」
「はい」
母さんは長手を励ますように、ケーキを切り分けた。
「夕はじめから、そんな上手くいくわけ無いだろ。それに、
おばさんは、素っ気なくいった。
「朝日ちゃん、そんなふうに言わないの」
「は~い」
おばさんはひらひらと手を振った。
「はい、夕ちゃん。またやりましょ」
「はい!ありがとうございます」
長手は笑って受け取った。
「美味しかったね」
ケーキを食べ終わって、僕は長手をとある場所に連れ出していた。
「うん」
「それで、どこ行くの?」
「もうじき着くよ」
僕らは、家から数駅先の公園に来ていた。
そこは。
「うわ~。これ、藤の花」
そこには、こじんまりと咲いた藤の花が数輪咲いていた。
「前、結局見れなかったでしょ?」
「うん。だから?」
「そう」
僕は照れくさくて目をそらす。
長手は、くーーと、手をグーにして振ると嬉しそうに笑って。
「ありがとう」
それは、藤の花も霞んで見えてしまうような笑顔だった。
「あ、そ、そうだ」
あまりの笑顔に僕は話を逸らすかのように、ショルダーバックから小さな箱を長手に渡した。
「誕生日おめでとう!長手」
「ありがとう。これ、開けていい?」
僕は頷く。
開けると、シルバーの太陽のネックレスが顔を出した。
「ネックレス?」
「う、うん。ちょっと重いかなとも思ったけど、いいかなって。長手に似合いそうだったから」
長手は、照れくさそうに、そうなか?と言ってネックレスを手に取った。
「キレイ」
中には、小さな人工石が埋め込まれておりキラキラと光り輝く。
「はい、つけて?鏡がないから着けれない」
長手は、ネックレスを僕に渡すと後ろを向く。
「う、うん」
僕は照れながらも、長手の首にネックレスを着ける。
長手は、着けられたネックレスを見て頬を赤らめながら見て。
こちらを見て。
「に、似合ってる?」
ネックレスは、想像通りいや想像以上に似合っていた。
「うん、よく似合ってる」
「うっ。あ、ありがとう」
長手は顔を赤らめ目をそらし、体をよじらせながら。
「も、もう一つ。誕生日プレゼント貰っていい?」
もう一つ?
よく分からなかったが、頷く。
「な、名前で、呼んでよ。昔みたいに」
「え?名前で?」
長手は、真っ赤になりながら頷いた。
別にそれぐらいと思っても、なかなか声が出ない。
「ゆ、ゆ、」
顔が暑くなる。
なんてことないはずだ。
ゆう。
たった二文字。
だが、僕にはどんな長い地名より、どんなに難しい早口言葉より難しく、口ごもらせる。
長手は、ゆっくりとこちらを見て。
真っ赤な顔に、メガネの中から涙をたっぷりためた瞳がこちらを見つめる。
僕は息を呑み。覚悟を決める。
「ゆ、夕」
「は、はひ」
長手、夕は噛み恥ずかしそうに顔をそらして。すぐに。
「は、はい」
言い直した。
その表情が、すごく愛おしく、護りたいと思わせる。
きっと、今日は僕たちにとって、忘れない誕生日になっただろ。
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