第四話

有城はバイト終了後にウーロン茶を飲みながら一息ついていた。福祉系の大学に通う合間のバイトのためそれほど多くの時間を割けないので、シフトの日は閉店までいることが多い。


他の女子高生たちは早々に着替えて帰りの準備を整えていた。

室内は彼女たちの柑橘系の香りの制汗スプレーが漂い、高校の頃を思い出す。有城は女子校だったので体育終わりや終業後は同じような匂いがしていた。


「陽子さんはまだ着替えないんですか?」そう声を掛けられ、軽く笑顔を返し「ちょっと疲れたから休憩してから帰るよ」そう答えた。


「もうみんなみたいに若くないから」


「私たちだって疲れますよ。でも回復も早いかもです」無邪気な笑顔で言うなら許すよ。


「遅いから気を付けてね、お疲れ様」


お先ですといって、二人の高校生は一緒に帰っていった。


なんとなくテーブルの上の連絡ノートを手に取り、パラパラと眺める。普段はあまり書きこまないのでここでは読み専だ。


このノートを見ているだけでも、店内の雰囲気や今のバイトの関係性が手に取るようにわかる。


飲みに行くのはいつものメンバーだし、この二人は仲が良いし、部活と掛け持ちの子は自分の試合を応援に来てほしがっているし、愚痴を書くのは早番の人が多い。



だから有城はここに書かれていないことに興味がある。個人的な趣味というわけでもないのだが、将来の仕事のために有用だと感じていた。


でも仕事が終わるとみんな早く帰りたがり、狭くてゆっくり話をするような場所でもないので中々思うようにコミュニケーションが取れていない。


大学生になってみて、少し前は自分も高校生だったと思えないほど、現役高校生と考えが違う事が多い。だからさっきも休憩の時あきら君に話しかけてみたのだ。まずは知らなければどうにもできない。



かばんからボールペンを出し、初めて連絡ノートに書いてみる。


「あきらくん、私はバタフライエフェクトが好きです。知ってる?」


少し前の作品だから知らないかもしれないが、調べればすぐにわかるだろう。

実際に有城はこの映画が大好きだった。

公開当時はまだ小さかったのであまり記憶にないが、映画史上最も切ないハッピーエンドというキャッチコピーで話題になったと聞いて、中学生の時に一人で名画座に観に行ったのを今でも覚えている。


終映後、席から立てないほどの涙でハンカチをぐしゃぐしゃにした記憶が蘇る。


当時まだ恋愛には憧れしかなかった有城は、この作品を観て人を好きになると言う事はこれほど辛く切なくいとおしい物なのだと初めて知った。



時計を見るとすでに20分もたっていた。有城はかばんを持って一人用の狭い更衣室に入り、フライドポテトの揚げ油と汗のにおいが混じった制服を脱ぎ、グレーのTシャツにブルーのジャンバースカートに着替えた。あとは帰るだけなのでメイク直しも汗拭きシートも使わない。


今週はもう来ないので制服は持ち帰って洗濯する。替えがないのが少し不便だけれど、週に2回程度の出勤では一着しかもらえないらしい。


部屋の明かりを消して外に出る。オートロックだが一応確認してから、誰もいなくなった客席を通り一階へ降り、お先ですと声を掛けた。


ガシャガシャと機材を動かしながら掃除しているのであまり声が通らないのだが、遠くからお疲れ様ですと声が届いた。

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