第二話

一階にある店内に戻ると、すでに厨房は鉄火場と化していた。


入り口にある四台のレジのうち三台のレジにそれぞれ5名程が列をなし、レジ担当の女子高校生が笑顔を絶やさず接客していた。


その注文を捌く厨房は四人のバイトが走り回っていた。


「あきら遅せーよ」

新田さんが肉を焼くグリルエリアから声をかけた。


「すいません、居眠りしちゃいまして」

何故か嘘をついた。


手を洗っていると、いいから早くポテトをダウンしろと言われ素直に従う。もちろんちゃんと手を洗ってから。


新田さんはこの店の古株のバイトで、大学に行っているとか辞めたとか、このまま就職するのではと色々と噂されている不思議な先輩だ。


長いだけあってピーク時の対応も慣れたもので、ハンバーガーの肉を焼きながら、合間にポテトの袋詰め、これも規定の両をひと掬いで取り、一発で入れる。間髪入れずに鉄板前に戻って肉をターンする。そして振り向きバンズにケチャップマスタード、ピクルスとトッピングしていく。流れるような無駄のない動きだ。


僕も冷凍ポテトをバスケットに入れ、上がるそばから次々と次のポテトをダウンしていった。


「あきらラップして」

「はい」とその声に反応してカウンター側に廻り、出来たばかりのハンバーガーを薄い紙に包み、保温ボックスに並べていく。



その横から有城さんが手を伸ばし、ハンバーガーとナゲットを掴んで紙袋に入れていた。その近さ数センチ。


これまでは仕事中にこんな事を考えたことなかったのに、さっきの会話で距離が縮まったと錯覚したのか、やけに意識してしまう。


有城さんはそのまま右端のレジ前に向かい、お会計を始めた。四台目のレジが有城さんの担当だ。普段はバックアップしながらカウンターをコントロールしている有城さんがレジを担当しているというだけで混雑ぶりがわかる。


僕は後姿に見惚れていた。


「あきら戻れって」

目配りも一流のバイトリーダーの新田さんは、ちょっとした行動も見逃さずに奥から声をかけた。


有城さんが一瞬後ろを気にした様子を見せたが、そのまま次の客の対応を始めたので、僕も急いで厨房に戻り、今度はフィッシュバーガーのサンドにとりかかった。


スチーマーから出たバンズは湯気が立ち込め、極限まで柔らかくなったそれを丁寧にトレーに移し替える。

クラウンバンズにマシンガンのような形のタルタルソースをワンショット、揚げたてのフィッシュポーションを重ねチーズを乗せる。

最後にヒールバンズを重ねたら完成。


これをすぐさま薄い紙で包み、カウンターに受け渡す。そこには有城さんの手が合った。


「フィッシュアップです」声をかけると少し目が合い、接客用の笑顔が顔に残っているからか、目を細めてほほ笑んでいた。



一時間ほど経って夕方のピークが過ぎてやや緩慢になった厨房では、少しの雑談が出来るようになっていた。


「あきら今日はクローズまでだよな。学校平気なのか?」


「まあ」曖昧に答えるとテーブルの下の冷蔵庫からチーズを一束取り出し、専用の角パンに補充した。


「新田さんはどうなんですか?」


「俺?俺は明日も午後からだから平気だよ」笑って言った。

バイトの事じゃなく学校の事を聞いたのだが、新田さんの中ではこのバイトが生活の中心のようだ。


「ちょっとヤニ」

そう言って新田さんは裏口から出て行った。


休憩中では無いのだけれど、僕に止められる訳もない。


社員がなぜいないのかと疑問に思うかもしれないけれど、この店舗には社員が店長ともう一人だけで他の全てをバイトで回している。


なので営業時間の半分以上は高校生と大学生とフリーターと主婦でまかなっている。給料が安くて正社員になる人が少ないと、以前店長から聞いた事がある。


おかげである程度自由に働けて良いのだけれど、いなければいないで今日のような時には困る。新田さんに指示できるのは店長だけなのだから。



ふっと視線を感じカウンターの方に目を向けると、こちらを見ていた岡崎さんと目があった。

この店の女子の中では、まあ可愛い方だ。

百五十センチ程の身長でちょこまかとカウンター内を走り回る様はリスのようだ。


いつも何かと話しかけて来るので、女子とは中々話せない性格だった僕は気兼ねなく接する女子として色々勉強させてもらっていた。


「あの人またサボってタバコいったの?」


止められなくてすいませんね。


「ピークも落ち着いたし、僕たちものんびりしてようよ」


岡崎さんは少しだけ口角を上げてそうだねと言った。

「でも私もう上がる時間だから」

岡崎さんは保温ボックスからチーズバーガーを取り、コーラのSカップをサーバーにセットして自分用のご飯を用意しだした。


「お先、あきらくんまた明日ね」


そう言うとウエスタンドアを開けて階段を上がっていった。


同い年の小崎さんと話すといつも軽く交わされて、気付けば彼女の手の上で転がされている感じだ。僕より大人なのかな。


カウンターの左端では一つ下の高一コンビがキャッキャとアイドルの話をしていた。


厨房に戻ろうと振り返ると、すぐ後ろにいた有城さんがこちらを見ていた。


「あきらくん岡崎さんと仲いいよね、同い年だっけ」


「はい」


「そう」そういったきり言葉は続かなかった。

「じゃあ洗い物してきます」なぜか自分の行動を説明して僕は奥に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る