有城さん

ひとつ はじめ

第一話

電車でU駅に着き改札を出て左に曲がると僕のバイト先は目の前だ。


学校の帰りは毎日バイトだ。週五でバイトをしているのでバイトが部活のようだ。


それはこのハンバーガーショップでバイトを始めて半年がたった頃、丁度冬の時期だった。


「ねえ、あきら君って映画好きなんだよね?」


有城(ありしろ)さんが休憩中にバックオフィスで話しかけてきた。

四畳半ほどのスペースの端には右側が事務机と、真ん中に4人用のテーブル、左側は更衣室になっている。


殺風景な小部屋での休憩は二人だけだったので少し緊張していて、何を話そうかずっと考えていたのを気づかれたのかと思いどきっとした。


賄いでもらったチーズバーガーをほおばりながら、向かいに座る有城さんを見返した。


有城さんはオレンジジュースを飲んでいた。食事はとらないのだろうか?ダイエットの必要はないように思えるが、女性の考えることは僕にはまだ解らない。


「はい好きです。でも月に数本観るくらいですけど。あとは配信とかで」


「映画館にも行くんだ、ちゃんとしてるね」


映画館に行くのがちゃんとしてるかはわからないが、有城さんに興味を持ってもらえたならラッキーだ。


このバイトに入ってすぐ三つ年上の有城さんに会ってから、気になって仕方がなかった。


周りには同級生の女子と、大人と言ったら親から親戚しかいない僕にとって、有城さんの話し方や仕草、スマホを見る目線、うちとは違う洋服の洗剤の香り、肩下まで伸びた艶やかな黒髪をバイト中だけ後ろでまとめるゴム、キラキラと光る爪、その全てが新鮮に見え、自分とは別の生き物を実感させられていた。


年上らしい落ち着いた雰囲気で、笑顔の優しい大学生の有城さんに僕はすでに恋をしていた。



「有城さんも映画好きなんですか」


「たまにね。気になると行くんだけど、見たいと思うとミニシアターしか掛かってない事が多いからタイミングが難しいのよね」


ミニシアター、シネコンの小さいスクリーンの事ではないのだろう。聞いたことはあるけれどまだ行ったことはなかった。


やっぱり有城さんは大人だ。


ミニシアターに行く人は大人だ。


うちのクラスの女子にそんな高尚な趣味の連中がいるとは思えなかった。


「ミニシアターってたとえばどこの映画館ですか?」


「たまに行くのはシネスイッチとかかな。あ、シネマロサ行くかも」


シネスイッチ銀座は聞いたことあるけど、シネマロサはどこだろう。後で検索しよう。


「どんなのが好き?」


有城さんですと言ったらどうなるかなと思ったら頭に血が登って赤面しそうになったので、左手でコーラを掴んで顔のそばに持ってきて隠そうとした。


僕の手元につられて有城さんの視線が顔に届く。しまった。

僕は必死にこらえながら声を絞り出した。


「桐島が好きです」即答した。


正式なタイトルを言わなくて分かるかなと様子を伺っていると

「あー、ぽいね」


ポイネ?僕っぽいって事かと理解した。理解はしたが

「そうですか?」


「そうだよ、あきらくんぽいよ」


どの役だ?まさか桐島?いやそんな訳ないか。神木?僕が?褒められてるのか?いやそんな深い意味はないか。


「有城さんは何が好きですか?」


右の人差し指を丸く曲げてあご先に付け、ちょっと考える仕草をして、何かを言いかけて視線を僕の後ろに向けた。


「そろそろ戻らないと。夜のピーク始まっちゃうよ」


振り返って後ろの時計を見ると今まさに針は六時を指していた。


「やばいですね、早く行かないと怒られる」


そう言ってテーブルの上の食べかけのチーズバーガーとコーラを一気に口に放り込み、包みやカップをゴミ箱に投げ入れた。



バタン、扉の開く音がした。

先に出ようとしていた有城さんが

「また映画の話しようね」そう言って振り返った。


好きな映画を聞きそびれた。でもこれでまた話しかけられると思うと、この休憩は最高の癒しだった。

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