第38話 感想
「ぼくはあんまり好きではなかったかな」
率直に映画の感想を述べながら、つばきの顔を一瞥する。その顔は変わらずにどこか浮かない顔であった。
「う、うん……そうなんだ」
と、つばきは随分と曖昧で気まずそうに相槌を打つ。
なにかまずいことを言ったかなと逡巡しながら、自身の発した言葉を思い返すが、まったくもって心当たりがない。これはどういうことだろうか。つばきの心情がわからない。
さっきからずっとそうだ。ぼくが映画の感想を述べたり、求めたりすると、妙に押し黙って気まずそうな表情をする。もしかしたら、つばきが選んだ映画がイマイチであったことに対して、申し訳ない気持や後ろめたさといった感情を抱いているのではないだろうか。
それならば、不要な気遣いであろう。だった、ふたりで決めた映画なのだから。
「どうして映画の感想を聞いた時に口ごもっていたの?」
ぼくは実直に理由を尋ねる。
「だって、もしもこの映画を観ようか迷っている人がいて、わたしがつまらないという感想を聞いたら見るのをやめちゃくかもしれないじゃん。そうしたら、映画館の人に迷惑を掛けちゃうから」
そんな発想はなかった。確かに、誰かがつまらないと言っていれば、その映画を観ようか迷っている人はやめるという選択肢に背中を押すことになるかもしれない。だが、それは人が良すぎるというか、気を遣い過ぎな気もする。映画館に来ているすべての人へそんな配慮が必要なのかと問われれば疑問である。
映画がつまらないのは製作者の責任であり、つまらないからお客さんを呼べないのはその映画の配給を決めた映画館の責任であろう。
お金を払い、映画を視聴した者がどんな感想を抱き、それを口にするくらいのことを気に病む必要はないのでは……
ましてや、インターネットやSNSを通じて不特定多数に発信をしている訳ではない。映画館で観た映画の批評をするくらいの権利は、一視聴者として有しているのではないだろうか。
だが、それを言葉にしてつばきからこの場で無理矢理感想を求めるのはもっと違う。言いたくないのであれば、言わなくてもいい。ぼくはつばきの知らない一面を知れたことが嬉しかった。
そして何より、感想を言いたくないという意見こそが、つばきが映画に対して抱いている感想を言い表しているだろう。
※
再び駅を目指し歩みを進める。
正確にいえば駅の方へ進んでいるだけであり、目的地という訳ではない。ただ、目的もなく、ただなんとなく歩を進める。せっかく電車に乗って来たのだから周辺を散策するのも一興だろう。
それでも、目的を持たずに散策するこの時間が好きだと断言できるのは、隣につばきがいるからだろう。ただ、そんな心情でいるのはぼくだけかもしれない。それに、あてもなく歩くのは不毛だろう。
次なる目的地くらいはぼくが決めるべきだろうか。世間一般では男がデートはエスコートしないといけないという風潮があるし、初デートくらいはその前例に乗っかるべきだろう。
さて、デートとはどこへ行けばいいのだろうか。世のカップルはどこへ行っているのだろうか。甚だ疑問である。
イメージだと遊園地や水族館といった場所だが……お金がなければ近場にそんな洒落た場所もない。そもそも、そこまで行ける足もない。時間は……あるか。でも、今日ではないだろう。そういった場所は前もって計画を立てて段取りをするものであって、突発的に行く場所ではない気がする。多分だけど。
※蛇足
随分と間が空きましたね。もし、待っていて下さった方がいれば申し訳ないです。引き続き細々と書き進めていきますので応援いただければ幸いです。
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