第34話 映画館

 映画館は駅を歩いて十分ほどの場所にある。


 ぼくの中で映画館に行くとなれば、二カ所の候補地がある。それは、同郷のつばきも同じであろう。

 最寄駅から五駅先の古ぼけた印象を抱く小さな映画館か、少し遠くの町にある、大型ショッピングセンターに複合された映画館の二カ所である。


 ショッピングセンターに併設された映画館はスクリーンの数も多く、多種多様な映画が目まぐるしく上映されている。だが、ぼくは最寄りの映画館の方が好きだった。どうしてかと問われれば、答えに困窮する。大型ショッピングセンターのような、資本主義の権化のような場所で上映されていることに対して、映画は商業主義に毒されてはならない。そんな、願いや思想はないと思う。


 ただ、なんとなく、幾度となく通ったこの映画館が好きなのだと思う。ポップコーンの匂いのしない、上映本数が常に五本しかないような、チケットを依然として手売りしているこの場所の居心地がいいのだと思う。それが、つばきも同じ気持ちだったのかはわからない。しかし、自然と映画館の場所はこの場所に決まった。


 しかし、廃墟と見間違えてしまいそうな外観のこの場所は、ポスターが張り出されていることで、どうにか映画館としての体裁を保っているように思われた。


 ふたり並んで、現在上映されている映画のポスターを眺める。


 誘われたのはいいものの、別に見たい映画はなかった。そして、なにが上映されているのかも知らなかった。


 ちゃんとデートの計画くらいは男なのだからするべきだろう。しかし、つばきが映画に誘ってきたのだから、なにかお目当ての映画が上映されているのだろうと思っていた。


 漠然とそう思っていたのだが、どうやらそういう訳でもないようだ。


 アカデミー賞に三部門でノミネートされた孤独な男の最期の五日間を描いた作品。

 警察と犯罪者の激闘する韓流アクション映画。

 百年以上前に執筆された小説を実写化したサスペンス。

 有名なコメディアンがはじめてメガホンを取ったという邦画。


 もうひと作品はレイトショーのようだ。今日のぼくたちには縁がない。


 どの作品も驚くほどに興味が湧かない。別に商業的であるべきとは思わないが、もう少し、上映するラインナップを厳選した方がいいのではないだろうかと、身勝手にも映画館に対して意見を申したいところである。


「――どれにしようか?」


 僕は問う。


「これがいいな」


 そう言いながらつばきが指を指したのはサスペンス映画であった。その選択に少しだけ意外に思いながらも、順当のような気もした。なぜなら、ぼくも消去法でその作品がおもしろい気がしたからだ。


「ぼくもそう思った」


「上映時間が二時間後だね」


「どこかで時間をつぶせばいいさ」


「そうね」


「先にチケットを買おうか」


 ぼくたちは映画館の受付へと足を運ぶ。


 目的もなく映画館に来て、その場で観る映画を決めるようなことがあっただろう。ぼくは経験をしたことがない。なんだか、それが映画通のようで大人になった気分だが、大人はこんなに衝動的に行動をするのだろうか。


 受付には、この映画館の主と思われれる初老の男がスポーツ新聞を読んでいる。その様子は実に商売っ気がなかった。


「すみません。チケットを購入したいのですが」


「はいよー」


 受付の男からは気の抜けた返事が返って来る。


 滞りなく購入を終えてから、受付の男は口を開く。


「席はどうしますか?」


 そう言いながら、パソコンの画面をぼくらに向ける。どうやら、バツ印が付いている所は既に先約があるようだが、案の定というか、思った通りというか、休日だというのに随分と空席が目立つ。


「ぼくは後ろ側がいいのだけど」


「わたしも」


「じゃあ――」


 そう言いながら一番後ろの通路側の席を予約する。


 二時間の猶予――上映する前に打ち明けた方がいいだろうか。

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