第32話 前夜

 ※


 現実は小説より奇なり――なんて言葉があるがそうだろうか。


 ぼくの今まで歩んできた短い人生はきっと小説なんかよりも退屈で凡庸で、つまららないだろう。そして、それは多くの者の人生であろう。そう思う。だって、誰かが想像して、脚色して、人様が読んでもおもしろい思えるよな創意工夫がなされているのだから。ぼくなんかの凡才の人生がおもしろい訳がない。


 ベットの中でひとり呟く。隣で寝ている彼女はなにも言わない。


 電気の消えた室内は何故か光源があった。スタンドライトでもあるのだろうか。そう思い周囲を見渡す。

  

 はじめて来る部屋、見慣れない天井、飾られた絵画さえ、誰のなんていう作品かわからない。窓からも光は差し込んでいない。カーテンを閉めているからか、それとも、今が夜だからだろうか。唯一知っているものは、隣で横になりぼくと同様に呆然と天井を眺めているつばきであった。


 物語は唐突で突拍子もなく、なんの伏線もない。ストーリー性さえもないのかもしれない。この世界ならぼくは空だって飛べる。タイムスリップだってできる。きっと、どこかの国の王子様にだってなれるのだろう。


 つばきがどうして裸なのかはわからない。ぼくがどうして裸なのかもわからない。なんの脈絡もない世界――


 突然、つばきは有無を言わさず、ぼくの上に覆いかぶさる。ぼくは抵抗をするべきだろうか。流れに身を任せるべきだろうか。だが、そんな思考にも至らない。只々、はじめて見る彼女の胸部はぼくの創造よりも大きく、とても着痩せなんて言葉では言い表せないほど、不自然であった。だが、そんな疑念さえも気にはならない。


 つばきは腰を動かす。それがなにをしているのかぼくは知っている。そして、息を乱し頬に紅がさす。その顔を眺めながらぼくの我慢は実を結ばない。炭酸水を振った時の様に、筒から重力に逆らって液体が噴きこぼれていく。




 ――この瞬間、ぼくはベットから起き上がる。


 真っ暗な部屋には光源がない。見慣れた部屋に、いつも寝ているベット。いつもの部屋だ。ここはぼくの部屋だ。


 混乱はない。とっくにタネはわかっている。なんともつまらなくて、工夫のない現実であることが。


 夢がオチなんて話では、芸がないと言われてしまうのではないだろうか。だが、すべては夢の中でのできごと。


 現実とはつまらなく単調なものだ。我慢をすれば、いつかはそのつけが回って来る。それが今日の夜のできごとであったということだ。


 下半身に生暖かいなにかが伝う。それがなにかはわかっている。夢精した。人生ではじめての経験であった。いつもの自慰よりも気持ちがいい気がしたが、それはきっと、幾日も我慢をしていたからだと思う。


 だが、奇しくもぼくは今日、つばきとの約束を破った。そして、それはつばきとのはじめてのデートを控えた前日の夜のできごとであった。


 なんて言い訳をしようか。眠い眼を擦りながら、依然として夢と現実の境を生きる脳みそではなにも思いつかない。だた、ひとつ。至急、ティッシュが必要であることだけはわかっている。

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