第30話 五日目

 ――金曜日は好きだろうか。


 ふと、そんな自問をする。小学生の時は好きだった。明日が休日という浮足立つ感覚と、一日という長く自由な時間を使ってなにをしようかと考えるのが楽しかった。


 だが、中学に入学してからはどうだろうか? 正確に言えば、美術部に入部してから、ぼくの金曜日に対する認識は間違いなく変化した。


 端的に言えば、ぼくは金曜日が好きではなくなった。理由は至極簡単だ。部活動がないからだ。それは、二日間もつばきと会えないことを意味している。別にひとりの時間が苦痛という訳でない。でも、やはり、会えないのは寂しくて、退屈でもあった。


 だから、ぼくは金曜日が好きではない。そして、いつか金曜日が好きなぼくに戻ってしまうことを恐れてもいる。


「ねえ、最後に映画館へ行ったのはいつ?」


 つばきから突飛な質問が投げ掛けられる。それは本当に唐突で、なにひとつ脈絡のない疑問であった。


「……映画館? そうだな、一年くらいは行っていないかもしれない」


「あんまり映画は好きではないの?」


 と、つばきは何だか不安そうに首を傾げる。


 別に一年くらい映画館に行ってないだけで、映画が好きではないという風に思うのは、少々、過剰というか、過敏ではないだろうか。昨今では気軽に映画を楽しむことができるのだから。


 そして、別に特筆して映画が好きという訳ではないが、決して嫌いという訳ではない。不定期ではあるが、テレビやサブスクリプションの映画配信サービスで頻繁に視聴するくらいには好きといってもいいだろう。


「いや、そういう訳ではないけど、何となく映画に行く機会が一年くらいなかっただけだよ」


「わたしは映画館が好きなの?」


 まあ、その気持ちはわかる。テレビやスマートフォンで見るよりも迫力があるし、映像も鮮明だ。それに、なんとなく没入感もある。


「映画館か……確かに家で見るよりワクワクするね」


「そうなの。それに、ポップコーンの独特な香りとか、始まる前の緊張しちゃうくらい重々しい雰囲気とか、終わった後のエンドロールで感傷に浸ったり、あの映画館でないと味わえない非日常感が好きなんだよ」


「そこまで映画が好きとは知らなかったよ」


「映画も好きだけど、正確には映画館で映画を見るのが好きなの」


「まあ、気持ちは分かるよ」


 だが、わからないこともある。つばきが映画館が好きなことは疑いようがない事実であろう。だが、今まででそんな話をしたことがあっただろうか。記憶にないだけであったかもしれない。だが、それだけで、映画館が好きなんて話をしてこなかった証拠でもあろう。だからこそ、どうして今日に限っては映画館についてここまで熱弁を振るっているのか不思議だった。


 そんな心中を他所に、つばきは次なる疑問をぼくへ飛ばす。


「――ねえ、日曜日は暇?」


 日曜日? 曜日だけで訊いてくるのだから、さすがに明後日のことだろう。さて、予定はあっただろうか?


「まあ、予定はないよ」


「じゃあ、映画館に行かない?」


 ようやく、つばきが映画館の話をしていた理由が分かった。どうやら、デートのお誘いをするために、ここまで長々と映画館が好きという話を滔々と語っていたのようだ。随分と回りくどいというか、不器用な印象は拭えない。


 そして、察することができないぼくも、なかなか不出来な男であろう。さて、ぼくの答えはひとつだ。


「ああ、喜んで」


 金曜日は嫌いだ。だって、明日から君に会えないのだから。でも、君に会える週なら、きっと楽しみな金曜日になるだろう。



 ――今日だけは、金曜日が好きな自分でよかったと心から思う。

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