第27話 三日目

 絶望と言うには大袈裟だろうか――


 少しだけ考えるが、やはり、絶望と言うには少々尊大な気がする。では、今の心情は何と言い表せばいいのだろうか。


 挫折と言うには適切な気がする。


 明確に悶々とした気持ちは強くなる。ムラムラと言い表した方が一般的で伝わりやすいだろうか。


 漠然と性的な妄想を繰り返す頻度は増えている。例えば、ふと授業中に意味もなくそんな妄想を膨らませて、男性器を大きくさせていた。


 確実にクラスの女子生徒を目で追う事が増えている。別に何か用がある訳でも、話し掛ける訳でもなく、ただただ、ぼくは彼女たちを目で追ってします。多分、その目はオスの目であろう。


 例えば、ゴールデンウイークや夏休みの様な世間一般では楽しいとされている大型連休が半分になった時に、「あと半分しか残っていない」と言うだろうか。それとも、「あと半分も残っている」と言うだろうか。


 ぼくは前者の人間だ。なんとなく、日本人の過半数はぼくと同じように言い表す気がする。別に統計もエビデンスもない。ただ、なんとなくそう思っただけの話である。


 だが、ぼくの身体は間違いなく限界は近い事は紛れもない事実であろう。今日を過ごしても残り四日間も我慢しないといけないという事実に絶望する。だが、この心中をつばきは理解できないだろう。


 いつもの美術室――


 いつもの様に鼻歌交じりにペンを走らせる彼女にぼくは言う。


「本当にもう、辛いんだけど」


 ぼくの弱音に対して、つばきは何のことか分からなかったようで、一度困惑した表情で首を傾げた後に、思い出したかのように言う。


「もう? まだ、三日くらいだよ」


 三日くらいではなく、三日目である。だが、訂正はしない。


「我慢しないといけないと意識すればするほどに、出したいって欲求が強くなるんだ」


「気の持ちようって、病気やスポーツだけでなくて、性欲にもあるんだね」


 つばきは感心したように言う。


「精神的な問題もあるかもしれないけど、それと共に習慣だったり、人体的構造も関係していると思うんだ」


「でも、三日ていうのも何とも情けないというか、意志が弱いというか……」


「まあ、言わんとしたいことは分かるよ。ぼく自身も三日で弱音を上げていることを情けなく思っているからね」


「どうすれば、もう少し頑張れそう?」


 どうすれば頑張れるか……難解な質問である。この感情を鎮める方法なんて、虚勢か去勢くらいしか思いつかない。そもそも、性欲を自我で抑えることができるのならば、この世界に性犯罪なんて起こらないのではないだろうか? そんな、壮大なことを思う。


「お腹が減った時の対処法は欲求を満たすだけであって、他に対処する方法なんてないでしょ。それと同じで、性的欲求に対する解消方法は性処理しかないんじゃないかな?」


「オナニー以外で欲求を満たす方法はないの? 例えば、エッチな画像や動画を見たりするのは?」


「お腹が空いている時に美味しそうな料理の写真や動画を見たらどうなる?」


「余計にお腹が空くね」


「そうなんだよ。欲求に対する刺激は、余計に欲求を増強するだけなんだ」


「じゃあ、諦める? 別にお願いはしたけど、強要はしていないのだから」


 あっさりと諦めてもいいと言われると、なんだか簡単に挫折する自分に罪悪感を抱く。こういう時に、余計なプライドが邪魔をするのは、ぼくが男だからだろうか。


「……もう少し、頑張ってみるよ」 


 自分の言葉には責任を持つべきだろう。だが、今回ばかりは覚悟のない決意だと自嘲する。

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