第24話 ご褒美

「そこまで熱弁を振るわれると――」


 そう言うと、つばきは困ったように苦笑いを浮かべる。


 性の目的は男女で大きな性差があり、思考も嗜好も変わるのは当然であろう。自慰に関しても多分そうだ。男にとって自慰はただの性処理ではない。一時の快感を得るだけの行為ではない。もっと、他に崇高で思慮深いなにかがある。それがなにかは分からない――だが、男として、オスとしての自覚をする時間なのではないだろうか。そして、思春期の今はそのアイデンティティを形成するために多くのテストステロンが分泌されるのだろう。


 学術的見解はない。だが、ぼくはそうだと思っている。


「男にとっては、それくらい必要なことなんだよ」


「まあ、性差や個人差があるのは当然だけど、そういうものなのかな、君が特別に欲求が強いって可能性はないの?」


「それは……否定はできないけど」


「まあ、 わかったわよ。取り敢えず一週間で試してみましょう。でも、一週間後のご褒美については検討の余地を頂戴」


 と、つばきから提示される。


 ただ、つばきはぼくに対してひとつ勘違いをしているようだ。


 ――別におっぱいが触れないのならば、やりたくはない。大前提として、おっぱいが触れるという提案だったかがために、ここまで熱烈に自慰の必要性を論じた訳で、決して性的欲求を我慢するという行為に前向きな訳でない。だが、こうも、やることが前提のようにつばきに言われると、何だか否定することもし難い。


 一週間だけ、彼女の性的好奇心に付き合ってみようかな? 彼女の要望に応えることも彼氏としての務めであろうか。


 時刻は下校時刻を迫っている。


 今日も与太話ばかりで、碌に部活動に従事しなかったなと遺憾に思う。


 だが、これこそが現状の美術部らしい活動内容でもある。


「じゃあ、一週間だけだよ」


 ぼくはつばきからの提案に応える。だが、一週間も我慢するなんて経験が中学に入学してからあっただろうか。一抹の不安を抱く。



 ※



 ひとり帰路に付く――


 見慣れた通学路には、沈みかかっている夕日が、オレンジ色に世界を照らす。一日の光や色の移ろいの中で、今の時間帯が個人的には一番好きだ。朝日よりも弱弱しく、儚げな陽光がいまのぼくの心情を表している気がする。


 今日の放課後のできごとを思い返しながら、ふと赤面する。


 夕時でよかった。他人からはぼくの赤くなった顔は、オレンジ色に照らされる太陽の所為であると思うだろう。


 それにしても、どうしてああも、ムキになったのだろうか? どうしてああも、赤裸々に性的習慣を語ったのだろうか。


 どうしてぼくは、定期的な自慰の必要性をつばきに対して、侃々諤々かんかんがくがくと論じたのだろうか。


 ――恥ずかしい。本当に恥ずかしい。


 これでは、つばきからおっぱいが触りたくて必死な人という風に、見られるのではないだろうか? いや、おっぱいを触りたくて必死であったことは紛れもない事実であるが、それを恋人に悟られることや、そういった心象を抱かれることは恥ずべきことであろう。


 陽が伸びることは喜ばしいことだと思うぼくは、陽が沈むのが早くなることに寂しさを感じるぼくは、たぶん昼が、明るい場所が好きなのだろう。


 だが、今日は、今日だけは早く太陽が沈み、闇夜に世界が包み込むことを望んでいる。


 今の自分を誰かに見られたくない。



 ――早く闇夜よ、隠しておくれ。


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