第21話 こども

 ――身体を好きにしていい。


 脳内には、そんな魅力的な言葉で溢れかえっていた。随分と曖昧な表現だが、つまりは、性行為をしようと言っているのだろう。


 目の前に座るつばきは、心配になるくらい細い身体に、第二次成長期が訪れていないのか、クラスの女子と比較しても小さな身長が、より一層と華奢という言葉をピッタリと似合わせる。


 そして、成長した女性特有のふくらみは未だにないと思われる。だが、それを確認する術はない。だが、こんな失礼な思い込みや憶測は言葉にしてはいけない。


 ふと、夏に行われたプールの授業で、同じような印象を抱いていた女子がスクール水着姿になった時に、想像以上の胸のふくらみがあったことを、その時に驚いた記憶がよみがえる。


 大きくて分厚いブレザーで身を隠していると、女子の身体的特徴の全貌は見えてこない。着瘦せという言葉もあるのだから。きっと、ぼくが思っている印象以上に、女子も成長をしているのではないだろうか。


 そんな、勝手な期待と妄想を抱く。


 そして何より、女性らしい身体が形成されていないであろうつばきだが、ぼくはやはり、彼女に女性的魅力を感じていたのだろう。


「――それは、魅力的だけど……」


 そこで言葉が詰まる。依然として義務教育の真っ只中であるぼくたちは、もう既に子どもを産むことができる身体だ。だが、万が一の事があった時に、その責任は果たすことができるのだろうか。


 答えは否だ。国から義務と定められているには教育――


 ぼくたちは子どもであり、子どもが子どもを産むことも、育てることだって、多分できないのだろう。


「魅力的だけど、なに?」


 つばきは首をこてんと傾けて、ぼくに問う。言葉のつづきを――


「ぼくたちはまだ学生だ」


「学生だからなに?」


「もっと健全で文化的な恋愛をするべきではないだろうか?」


「どうして?」


「ぼくたちはまだ子どもなのだから。責任も義務も果たせない子どもだ――」


「でも、子どもが産めるのよ? 君もわたしも。世間が子どもという烙印を押しているだけで、それで本当に子どもだと言えるの?」


「身体的に生殖器のが備わっているだけど、大人になったと思うのは……違うんじゃないか?」


「そう? 世界の反対では、わたし達と同い年の人が働いている人もいるのよ? 世界の反対では、わたし達と同い年の人が機関銃を持って戦死しているのよ? 世界の反対では、わたし達と同い年の人が結婚も妊娠もしているのよ? 本当にわたし達は子どもと言えるの?」


「もちろん、それは嘆かわしい話ではあるが、世界の反対とぼくたちは環境も考え方も違う。一様に歳が同じという共通項だけで、行動を包括する考え方は、あまり関心をしない」


 ぼくは一息吐いて、もう一言を付け加える。つばきに伝えたい言葉を――


「――世界の反対の人々の話ではない。ぼくたちの話をしているのだ」


 つばきは少しだけ逡巡してから、何だか嬉しそうな、どこか悔しそうな、何とも言えないアンニュイな表情を浮かべる。


「そうかーー、まあ、君がそう言うなら、君の意思を尊重しよう。無理強いはよくないものね。でも、わたしが君にあげられるご褒美は身体しかないのよ」


「そこまで、ぼくの理性を奪いたいものか? そこまで、ぼくの性機能の自由を奪いたいものか?」


「ええ、とっても」


 つばきは満面の破顔を見せる。


 そんな顔をされると、彼女の要望に応えたいと思ってします。そんなぼくは、本当に馬鹿で実直なんだろう。


「もう少しライトなご褒美はないのか?」


「――例えば、おっぱいを触らせてあげるとか?」


 触れるだけのおっぱいが彼女にはあるのだろうか?


 だが、そんな疑問はどうでもいい。ぼくは、少しだけ間をおいて答える。



「……やろう」

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