第17話 帰路
※
日没してからどれくらいの時間が経っただろうか。恐らくは、一時間も経っていないだろう。それでも、鮮明なほどの夜がぼくたちを覆い被る。
空を見上げる。半月の月がぼんやりとぼくたちを照らす。星は一つ、二つと星空の準備を始めている。
夜道という言葉を使っても語弊がないほど、歩き慣れていないこの道は暗く、街灯だけが頼りだった。
今日の放課後から今までのことを思い返す。
恋人ができた。そんな漠然とした事実だけが、ぼくの脳内で行ったり来たりを繰り返している。
薄っすらと湧き上がる実感に、心が温かくなる。それと共に、体感したことがないような恥ずかしさと、心がざわめくような何かが、妙なほど心拍を早める。
これを人は幸せと言うのだろうか。
そうかもしれない。違うかもしれない。答えは見つからない。いや、答えなんて見つける気もない――
ただただ、隣を歩くつばきと、ぼくよりひとまわり小さなその手の暖かさだけが、ぼくには確かに伝わってくる。
でも、何だか今のぼくはこの瞬間を永遠に味わっていたい様な、多幸感に苛まれている。今、死んでもも構わないと思えるような……いや、今、死ぬのは惜しい。あまりにも悔やまれるだろう。
でも、そう思えるくらいには、ぼくはつばきのことが好きなのかもしれない。
手をつないで歩く。それだけのことなのに、どうしてここまで心が揺さぶられるのだろうか。
※
「――送って行く」
ぼくが帰ろうとした時に、そう言ったのはつばきだった。
当然だが、すっかりと周囲には暗闇が包み込んでいた。さすがに女子に送られるというのも格好が付かない。と、いうよりも、別れたら彼女をひとり夜道を歩かせることになる。いくらなんでも小学生と未だに間違えられるようなつばきに、そんな身の危険に晒されるようなことはさせたくなかった。
だが、つばきは引かなかった。両者引かない水掛け論になったがために、折衷案として
「県道の大通りまでなら――」
と、いうことで折り合いが付いた。六〇〇メートルくらいのそこまでなら、それなりに人通りも多いし、県道を歩くため車の往来やコンビニもある。万が一の身の危険はないだろう。と、思いたい。
お互いに靴を履き、家を出た時に、どれくらいの時間を彼女の部屋で過ごしたのか思い返す。部活を早めに切り上げてからだから、一時間四十分くらいだろうか。
どこか秋の匂いが強くなっている夜風を体中に浴びて、肺いっぱいに夜の涼し気な風を吸い込む。見慣れない街で隣につばきがいる。そんな非日常的なひと時に、不思議と居心地の良さを感じていた。
そんな時、不意に彼女から出された左手――
その手の意味をぼくは分からなかった。
首を傾げるぼくに、彼女も不思議そうな顔で問う。
「手を繋がないの?」
「あ、ああ、そういう意味か」
そう呟いてから、ぼくは少しだけ逡巡して、彼女の手を取る。
柔らかくて、小さい。ぼくと身長は同じくらいでも、手はひとまわり小さい――
それが女性の手なのだろうか。これも性差なのだろうか。ぼくには分からない。それでも、手の温かさはぼくもつばきも同じくらいだったと思う。
――つばきと手を取り合えばどこまでも歩いていける。
そんな気がしているのは、きっとぼくだけだろう。
――今度から送られるのは辞めよう。たぶん、別れが辛くなるから。
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