第14話 後片付け
※
ある人は、イカが腐った匂いという。
ある人は、栗の花の匂いという。
ぼくはその二つの匂いを嗅いだことがないから、それらの比喩が適切な表現であるかが分からない。
だが、室内には嗅ぎ慣れない匂いで充満していることは、間違いがないだろ。
彼女の目の前で盛大に射精した今、ぼくは冷静さを取り戻していた。
異性の部屋で、意中の相手に精液をかけたことへの重大性に、慌てふためいていた。
室内を見渡して懸命にティッシュボックスを見付けて、ぼくがぶちまけた精液をティッシュで拭う。
カーペットこびりついたこれらは、多分、痕になって残ってしまう。それが、どうしようもないほど申し訳ない気持にさせる。
「――ねえ、わたしの足も拭いて」
彼女がそう言ってきたのは、そんな時だった。
精液のかかった、すらりと白く細い右足にはをぼくに差し出す。
ぼくは言われるがまま、彼女の右足を左手で押さえながら、右手に持ったティッシュで拭う。その姿は主人と召使いのようにも、いつの日か映画で見た靴磨きの少年とお客さんのようにも思えた。
「――気持ちよかった?」
頭からそんな言葉が降りかかってくる。
「うん。気持ちよかった」
冷静になった今のぼくには、その言葉を口にするのが少し恥ずかしかった。
だが、本当に癖になってしまいそうなほど、今までに経験したことがない快楽であった。
「いっぱい出たもんね」
少し嬉そうにも、誇らしそうにも思えるような口調で、彼女はそう言った。
「――うん」
「どうする? もう一回する?」
彼女はそう言いながら、再びぼくを欲情させようと、お留守だった左足の甲で、再び、役目を果たしたようにぐったりとしているぼくの男性器を、撫でる様に
くすぐったいような、気持ちいいような、いろいろなものが混ざり合った不思議な感覚に、恥ずかしいような、嬉しいような気持ちにさせる。だが、もう一度、射精できる気はしなかった。
「出したばかりだから……」
「もう入っていないの?」
彼女は不思議そうな顔でそう訊く。
男性器を撫でるのをやめ、今度は射精してだらんと伸びきっている睾丸を、左足の甲で優しく蹴る様にピタン、ピタンと叩く。
男にとっての急所であるそこは、適度の刺激であれば快楽にもなる。
「……ん、うん。いったばかりだし、もう出ないと思う」
そう答えるが、彼女は足の甲でぼくの睾丸を優しく叩き続ける。そんな彼女の行動をぼくは受け入れることしかできなかった。
「どうしたの? たまたまが叩かれる度にぴくぴくしているけど」
彼女はそう言いながら、ぼくの睾丸を左足にのせる。睾丸から彼女の体温を感じると共に、自身の睾丸も熱くなっていることを知った。決して痛みはない。だが、何だか燃えるように熱かった。
「う、うん。少しだけ怖い」
「怖い? ああ、男の急所だもんね」
「うん」
そんなぼくの答えに彼女はなにを想ったのだろうか。幾度か見た妖艶な笑みを浮かべていた。
窓から差し込む光はなくなりつつあり、薄暗い部屋はぼくたちだけをこの世界に閉じ込めてしまったように感じる。
「ねえ、蹴ってみてもいい? ここ?」
―――再び、ぴたん、ぴたん、と室内にはぼくの睾丸が彼女の左足で叩かれる音だけが響き渡っている。
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