第12話 恋とは盲目か洗脳か

 ※


「それに、交際すればもっといいこともできるかもよ?」


 彼女の甘い誘惑の言葉に下半身が熱くなる。


 当然ではなかろうか? 好意を抱いている女子からそんなことを囁かれれば、性的欲求を抱くことは――


 葛藤が渦巻く。彼女と交際をしたい願望と、自慰行為という我欲に忠実に従ったおぞましく、浅ましい行為を他者に目撃されるという屈辱や羞恥心が――


 ただでさえ、人様にお見せするには恥ずかし過ぎる自慰行為を、意中の相手に見せるなんて想像するだけでも心が難色を示している。


「君とは交際したいけど……自慰は見せたくない」


 ぼくは拒絶を言葉にする。


「狡いね」


 そう言う彼女は笑っていた。


「君には好きな子にオナニーを見られたいという願望はないの?」


「自慰を見せたいという願望?」


「多分、オナニーをしている姿って、男子の一番恥ずかしい姿だと思うんだ。だからこそ、そんな姿を女子に見られたいって願望。そんな姿を受け入れて欲しいっていう欲求でもいいけど」


 そんな願望はあるだろうか――


「――分からない」

 

 ぼくは逡巡して答える。


 だが、彼女はぼくの逡巡に、困惑につけ込むように言う。


「ねえ、一番恥ずかしい君を受け入れるから、こんな願望を抱くわたしを受け入れて欲しいの――それができるからこそ、互いが許し合える関係だと言えると思うの。交際とは、そういうことができる関係を言うのだと思うの」


 彼女は右手でぼくの左頬を触りながら、目を見て真っ直ぐと言う。その言葉には、その目には拒絶も否定もできるはずもないほど、曇りなき力強いまなこであった。


 ――ぼくなんかに、彼女を拒むことはできないだろう。


「……わ、わかった」


「じゃあ、少し早いけど部活は切り上げて、今からわたしの家に行こう。今日は両親がいないんだ」


 この瞬間、彼女の言葉はぼくにとって絶対であり、否定することは困難である。


 ※


 ――ぼくは彼女の部屋にいた。


 いつもとは違う方向へ歩く放課後の帰路になんだか疲れた。彼女と何てことない話を彼女の家に着くまでしていたが、その内容はどこか上の空ではっきりとは覚えていない。


 彼女の部屋は、なにもないという言葉は少々過分であるが、ベットに学習机、ローテーブルに幾つかのクッション、小さな本棚と衣装ケース、一面に敷かれたピンク色のカーペット――

 本当に必要な最低限の物しかない、簡素な部屋には女の子らしい面影が確かにあった。ぼくの部屋には存在しないピンク色や花柄模様は、幼さの残る彼女によく似合っていた。


 女子の部屋にお邪魔するのはいつ以来だろうか。随分と久しぶりだろう。


 あの頃は気にしていなかったが、ぼくは女子特有の甘く魅力的な臭いで充満されたこの部屋に、鼻孔が刺激されるとともに、なんだか妙に浮足立つ気持ちを強める。

 それは、美術室でいつも彼女から香る匂いと同じ甘い心地の良い香りでもあった。


「女子の部屋に来るのははじめて?」


 彼女は僕にそう尋ねる。


「いや、小学生の頃に何回か行った事があるけど、中学になってからははじめて」


「なにか飲む?」


「いや、いいや」


「……」


「……」


 室内には妙な緊張感が互いに押し黙らせ、耐え難い沈黙が流れる。


「じゃあ、オナニーを見せてもらえる?」


 彼女からの甘いお願いに、すでに断る術はなかった。


 ぼくは制服のベルトに手を掛ける。


 依然として葛藤は拭い切れない。異性に下半身を、男性器を見せることへの抵抗が緊張とともに、やってはいけないことをしているという罪悪感が警鐘を鳴らし、妙な恐怖心へと移り変わっていく。


 だが、それでも、少し震える手でぼくは下半身を露わにする。


 ぼくの小さな男性器を眺めながら彼女は恍惚の表情を浮かべながら言う。


 「――可愛い」


 だが、彼女のそんな反応はやや屈辱的でもあった。


 しかし、彼女はぼくの傷心を気にする様子もなく言葉を続ける。


 「ほら、はやく手を動かしてよ。いつもの様にオナニーをしてよ」


 彼女は急かすようにそう指示を出した。


 ぼくは彼女に言われるがまま、右手で男性器を握るように包み込み、上下に動かす。不思議と、下半身を露出してから自慰をすることへの抵抗は薄れていた。


 ――だが、彼女に見られるという、いつもと異なる環境への緊張は依然としてあるのだろう。


 しばしの時間が経ったものの、ぼくの男性器は生殖機能を果そうとしない。端的に言えば、勃起をしないのだ。

 

「勃たないね」


 彼女は少し不安気に言う。


「――ん、うん」


「どうしてだろう?」


「緊張もあるけど、興奮できる何かがないと……」


「そっか、男の子にはなにか性的興奮をさせるものが必要なんだよね」


 そういうとおもむろに彼女は立ち上がり、ぼくの目の前に立つ。


 彼女がなにをしようとしてるのか分からなかった。視界はネイビー色をしたスカートで覆いつくされている。


「――君だけの特別だよ」


 そう言うと、彼女はスカートを捲し上げる。


 スカートに隠れていた膝頭が顔を見せると、舞台の緞帳が上がる様にスカートが昇っていく。ゆっくりと白く折れそうなほど細い太ももが露見されていく。


 そして、とうとう、スカートは目的を失った様に、ぼくの目の前にはピンク色をしたレースのショーツが露わになる。


 ――当然、始めて見る彼女の下半身は、身体に似合わず大人びた印象を抱く。


 彼女は喜々として呟く。


 「――あっ! 勃った!」

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