第10話 妥協点

 理解に苦しむ――


 なんてことは無いんだろう。ぼくが彼女の自慰が見たいように、彼女がぼくの自慰を見たい事は、そこまで不思議なことではないのではないだろうか。

 

 この欲求に性差はないのではないだろうか。


 そんな風に考えてしまうぼくは、随分と前から彼女に毒されている気がする。自身の欲望を好奇心を、恥じらいもなく露見させる彼女は、多分ふつうではないだろうから。


 だが、自慰に勤しむ姿を他者に見せる事には抵抗がある。彼女だってそうだろう。そうであって欲しい。


「――馬鹿げた話だ」


 ぼくは彼女の提案を一蹴する。自慰行為を見せ合うという馬鹿げた提案を――


「そう? 互いの願望を叶え合う理想的で平和的な提案だと思うけど?」


「じゃあ、訊くが君は男性器を見ることに対して、女性器を男子に見せることに対して抵抗がないのか?」


「見る分には別にないかな。保健の教科書とか、インターネットとか、まあ、その辺にそんなものは転がっているから。でも、確かに下半身を君に見せるのは恥ずかしいかもね」


 男性器を見ることに抵抗がないという主張が、随分と私生活で性に関する探究をしている証拠であろう。


 だが、彼女の日頃の言動から、自身の女性器を異性に見せることに対しての羞恥心があるだけでマシに思える。


「そうだろ。きっとそんなことをすれば、互いの何か大切なものを失うことになると思うんだ」


「例えば、性器を露見せずに互いのオナニーを見せ合うっていうのは?」


「どうやって?」


「布団に入りながらとかだったら、性器は見えないけど行為はできるでしょ?」


「その方が恥ずかしいんじゃないか?」


「じゃあ、君はいいよ。男性器を隠さなくても」


 隠さなくてもいいよと彼女は言うが、そもそもぼくは、自慰を見せることに抵抗があり、男性器を隠していようがいまいが、どちらでも嫌なのだが。


「そもそも、そういったことをするのは、僕たちみたいな部員同士の関係ですることではないと思うんだけど」


「交際関係にない相手には見せたくないってこと?」


 世のカップルが全員、そんなことをしているとは思えないが――


「平たく言えばそういう事だ」


「じゃあ、付き合う?」


 その言葉に美術室に一瞬の沈黙が流れる。


 未だかつて、これほどロマンチックじゃない告白があっただろうか? そもそも、これは告白と言えるのだろうか?


「――ぼくと君が? 君がぼくの自慰行為を見たいがために?」


「うん、だって君はわたしのことが嫌いじゃないでしょ?」


「まあ、うん、嫌いではないよ?」


「じゃあ、好き?」


 言葉に迷う。いや、随分と混乱して真っ白になっていた。


「――う、う、うん。その……すきだと思う」


「じゃあいいじゃん! オナニーを見せるだけで好きな相手と結ばれるんだよ。それに利益は一致していると思うけど?」


「利益?」


「君はオナニーを見せるだけで、わたしと付き合える。わたしは付き合うだけで、君のオナニーを見ることができる」


 付き合うだけって言葉が随分な言い様であるが、それが彼女にとってのぼくの認識であり、事実なのだろう。


「それに、交際すればもっといいこともできるかもよ?」


 彼女は微笑みながら甘い、甘い誘惑の言葉を放つ。


 その言葉に僕の脳裏にはいくつもの卑猥な風景が駆け巡る。



 ――あれ、付き合ったら自慰を見せ合うって話から、付き合ってあげる代わりに自慰を見せろって話に代わっていないか?

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