第9話 赤備えの妄想
ぼくの反撃の時間――
美術室は戦場と化した。
法螺貝が鳴り響く中、ぼくは軍配団扇を振るう。
「いけえええ、出陣じゃーーー」
ぼくの采配に赤備えの足軽兵が、甲冑がカチャカチャと奏でながら、突進する。戦場には雑踏と威勢のいい咆哮が轟く。
誰もが一番槍になりたいがために、槍や刀を構えた侍は一斉に彼女を目がけて襲いかかる。
――そんな気分である。
ぼくは歴史に疎い。だから、かつての合戦はこんな感じなのだろうと想像でしかないが……。
さて、ぼくの質問に対して彼女は眉一つ動かさずに平然とした顔をしている。
「え? 気になったからだよ」
彼女は、ぼくの好戦的な心情とは裏腹に、飄々と答える。
「ぼくが君の自慰をしている姿が見たいか否かが気になったの? どうして?」
「さあ、君からオナニーをしている姿が見たいと言われたかったからじゃない?」
「なんで疑問文なの?」
「他の男子にはそんなことを思わないから、この感情を言語化した時に適切な表現であるかが分からないの」
「……」
なんだか、話が思わぬ方向に行く。難解で複雑な女心だ。
彼女自身が処理できていない感情を読み取ることは、非常に難しい。彼女にとって、自慰に耽る姿を見たいと言われたい……存在がぼく――
その感情は、この事実を使って嘲笑したいからなのか、部活内で優位な立場に立ちたいからなのか、それとも、恋心だろうか――
ふと、逆の立場であればどうだろうかと思い、彼女がした質問をぼくも投げかける。
「一応、確認したいのだけど、君はぼくが自慰に耽っているところを見たいか?」
「え? 見してくれるの!」
彼女は目を輝かせて、そう訊いてくる。
その時にぼくは後悔の思いが込み上げてくる。
【虎の尾を踏む】とはこういう事を言うのだろう。らしくもなく、反撃しようなんて考えるからこうなるんだ。
性的好奇心を暴走させようとしている彼女を前にして、戦場で勇ましく戦う侍たちは武器を投げ捨て、甲冑を脱ぎ捨て、蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑っている。
――そんな気分だ。
それは、ぼくにとっては完全に不用心な一言であっただろう。話をますます複雑怪奇にしてしまった。
そして、彼女とそれなりの付き合いになるぼくは知っている。このまま、自慰をしている姿を見せるように彼女が要求してくることを――
その魔の手を振り解くことが、どれだけ困難を極めるかを。
「実は君が精通したって知って、是非ともオナニーをする姿を、射精する姿を見たいと思ったんだよ」
「見たいかを確認しただけで、見せるとは言っていない」
「どうしたら見せてくれるの?」
「どうやっても見せない」
「この話の流れで」
「それを言うのなら、君だって『オナニーする姿が見たい?』なんて聞いておいて、見せる気はなかっただろ。それと同じだ。君が言った言葉だぞ。訊いただけで、見せるとは言っていないって」
そう、彼女が論じた主張である。そして、ぼくはそれをやり返しているに過ぎない。
彼女は少し逡巡してから意を決したように提案してくる。
「――じゃあさ、わたしも見せるから、君も見せるってどう?」
なんだ、その肉を切らせて骨を切るような提案は。
どっちも損して、大損していないか?
これが美術室で美術部の部活内で交わされている会話とは、なんて不真面目な部員なんだろうか。そう自嘲する。
「(男の自慰を)そこまでして見たいものか?」
「(君のオナニーを)そこまでしてでも見て見たいのよ!!」
彼女は語気を強めて、力強く断言する。
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