第7話 詰問と図星

 大人になる事への焦りや憤り――


 彼女の心情は計り知れないが、ぼくにはそのような感情は――


「別にないよ。少し、精液が出ることに驚いたけど、それ以上もそれ以下でもないかな」


「君って感受性が乏しいの?」


「そうかもしれない。でも、男子はみんなそんな風にしか思わないかも」


 ぼくは、男は第二次成長期に精通して、精液が男性器から出るようになることを事前知識として知っていた。


 そして昨日、精通をした。それが喜ばしいことなのだろう。だって、健常である、おとなになったなりよりもの証拠なのだから。だが、ぼくが精液それが必要となるのは、今からずっと先だろう。例えば、誰か愛する人が見つかり、結ばれた時とか。だから、この身体の変化に対して然して頓着していないのかもしれない。


「やっぱり、男女の身体って不平等だよね」


 彼女は不服そうにそう言いう。


 ぼくはその言葉に対して、返す言葉は見つからなかった。


 しばらくの時間、美術室には沈黙が訪れ、画用紙にペンを走らせる音が心地よく流れる。


 こういう雰囲気も嫌いではないが、部活で沈黙の時間が長く続くことは珍しい。なんだか、落ち着かない気分になり、なにか喋ろうかと口を開きかけた時に彼女は思い出したように、ぼくに訊いてきた。


「――ねえ、君は妄想で、わたしにどんなことをさせてオナニーしたの?」


 その言葉にぼくは気管に何かが詰まったようで、ゴホゴホと思わずむせてしまう。


「どうしてそんなこと知りたいんだ?」


 両目に涙を溜めながらぼくは問う。


「だって、わたしのことを考えてオナニーしたって白状したじゃない。それなら、どんなことを妄想したのか知りたいじゃない」


「嫌じゃないか? 異性から性処理の……対象にされることが?」


「まあ、クラスの男子とかなら不愉快に思うかもしれないけど、君なら別にいいよ。で、わたしをどんな風に妄想したの?」


 ぼくだけは彼女を妄想して、自慰に利用してもいいというお達しは、喜ばしい特別扱いなにだろうか? 嬉しいような、嬉しくないような、なんとも複雑な気持ちである。


「……教えたくない」


 さすがに、それを本人を目の前にして言うことに抵抗は大いにあった。


「そう、でも、教えてもらわなくてもおおよその察しは付くけどね。わたしの言う通り、オナニーしたんだから、わたしがオナニーをしている姿を想像して、オナニーしたんでしょ」


「……どうしてそう思うんだ?」


「否定しないってことは図星ね」


 彼女は見透かしたように、嘲笑した表情を浮かべながら言う。


「……そ、それは……それは、君が昨日、ぼくにあんな話をしたから」


 声を潜め、俯きながら答える。今は、今だけは彼女の顔を見ることができなっかった。顔から火が出そうなほど熱い。見なくても分かる。真っ赤に染め上がっているだろう。


 ようやく、ぼくは白状した。ここまで見透かされているのなら、これ以上に足掻いてみても無駄であろう。


「やっぱり興奮してたんだ。昨日だって話を聞きながら本当は勃起だってしていたんでしょ?」


「してない」


 それは、最後でささやかな悪足掻きである。意味があるとは思えなかったが。


「オナニーはしたくせに?」


「……」


 ぼくは何も答えることができなかった。それは、自慰に利用したことを本人に嘲笑されていることが恥ずかしかったのか、性処理に利用したことへの罪悪感が押し黙らせたのかは分からない。


 だが、やはり、なにも答えることはできなかった。


 彼女からも、それ以上の追随はなく、再び俯き、視線を画用紙へと落とす。


 ぼくは絵を描く気分ではなかったが、何かしていないと落ち着かずに無理矢理、目の前に広がる創作の世界に集中しようとペンを走らせる。


 だが、そんなぼくの努力を打ち砕くように、再び彼女はとんでもないことを訊いてくる。




「ねえ、見たい。わたしがオナニーしているところを?」




 ぼくはその言葉に生唾を呑み込む。思わずその手は止まり、顔を上げて彼女の顔を窺ってしまう。


 その顔はいつもと変わらぬ微笑を浮かべていた。


 

 ――ピクリと男性器は動く。

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