第5話 GEE・GEE・ベイビーベイビー

 部活動は唐突に終わりを告げる。


 別にそれを知らせるチャイムがある訳でもなければ、顧問の先生から今日の部活の終わりを告げられる訳でもない。ただ、何となく「そろそろやめようか」と、どちらかが提案して、その言葉に賛同して美術部の活動は終了する。


 今日もそんな終わり方だった。


 特に理由はないが、ふたり並んで廊下を歩き、ふたりで職員室に美術室の鍵を返して、校門で別れた。


 いつもと変わらないこと日常だが、いつもと違うことは、ぼくが悶々としていることだった。


 ※


 真っ暗な室内がぼくを迎え入れる。


「ただいま」


 そんな、ぼくの発した言葉に対して返って来る言葉はなく、暗闇へと吸い込まれていった。


 別に珍しいことではない。むしろ、それがぼくにとっては当たり前のことでもある。迎えてくれる家族がいないことに寂しさを感じることはない。こんな言い方をすれば、ぼくが家族のいない孤独の少年のように思われるかもしれないが、別に家族がいない訳ではない。むしろ、両親共に健在である。ただ、両親は共働きのうえ、変則的な勤務形態であるために、帰宅時には不在にしていることが多いというだけの話である。


 ダイニングの卓上にラップが掛かった夕食が用意されている。それは、今日は母が夜勤であるという証拠でもあった。


 ぼくはリビングに用意された夕食を横目に浴室へと向かう。蓋のされた湯舟を開けると、湯舟には湯気がゆらゆらと揺れるお湯が張っている。多忙にもかかわらず、ぼくが帰って来る時間に合わせてお風呂まで用意してくれるのだから、至れり尽くせりというか、母の献身的な世話好きには感謝してもしきれない。それに、ぼくもそんな無償の愛に大いに甘えさせてもらっている。


 お風呂が沸いていることが分かり、脱衣所に戻ると制服を乱雑に脱ぎ捨て、空いている洗濯籠に放り込む。


 母にこんなところを見られたら制服が皴になると叱られるが、ぼくは衣類の皴なんて気にしない。


 衣類を脱ぎ捨て生まれた姿で浴室に入る。ふと、風呂の鏡に映る自分の裸体をまじまじと見る。そこに映っているのは、貧相でまだまだ子どもの身体だ。


 下半身には生殖機能の備わっていない男性器が付いており、自身の性別を明示している。生殖機能はまだない。だが、勃起はする。自慰もできる。たぶん、性行為だって――


 ふと、今日の放課後を思い出す。


 彼女の言っていた言葉を――


「オナニーするのか……」


 その事実が依然として、どうしようもないほど興奮する。悶々とした気持ちが再燃する。


 どんな風にしたのだろうか。彼女が裸体で自身の生殖器を弄ぶ姿を想像してしまう。それと共に、下半身が熱くなる。そんな妄想に、男性器がどんどんと反り上がる。


 ぼくは男性器に手を伸ばす。触らずにはいられなかった。この気持ちを抑える方法はこれしか知らない。そして、この欲望を抑えることは途方もないほど難しいことだろう。


 彼女が自慰に耽る姿を想像して、ぼくもまた自慰に耽る。


 彼女の言う通り、ぼくは彼女の事を考えながら――




 どれだけの時間、小刻みに右手を動かしていただろうか。体温がどんどんと上昇して、全身が火照っている。


 大きな快感が込み上げてくると共に、今までに経験をしたことがないような、尿道の奥底から込み上げて来るような感覚に襲られる。


 ――そう思った時に、尿とは違う白濁した液体が噴出される。


 それが何かはすぐに分かった。


 足元に広がる精液を漫然と眺めながら、快感、開放感、脱力感、冷静さ、それらが一斉に、ぼくの身体を心を満たしていく。


 彼女の言った通り、ぼくは彼女を妄想して自慰に耽り、そして妄想の彼女によって精通したのだ。


 彼女は知りたがっていた。ぼくが精通した時の気持ちを――




 ――ぼくはいま、なにを想っているだろうか。

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