第4話 赤裸々。。。

 【固唾を呑む】とは、こういう時に使う言葉なのだろう――


「……つ、つまり、ぼくが勃起について教える代わりに、君は、その、君の経験をぼくに教えてくれるということか?」


「ええ、そういうことね」


 ぼくの目の前に座る彼女は、自身の自慰に対する実体験を教えると言っているのだ。


 確かに、「女子もオナニーをする」とクラスメイトの男子が言っていた気がするが、女子は特にそのような秘め事を隠したいとも聞いたことがある。むしろ、隠すべきだし、他者へ、特に男子なんかに話すべき内容ではないだろう。


 しかも、驚くことにその動機は、たかだか、勃起に対するぼくの体感を知りたいがためだということだ。この交渉は対等なのだろうか? 答えは否だろう。 


 貞節とか、自尊心とか、純潔とか、思春期の女子が特に必要とするであろうそれらを犠牲にして、そんなことが知りたい彼女の嗜好や思想には甚だ疑問を抱かずにはいられない。


 人として、部員として、友人として、男として、こんな提案にはきっぱりと否定するのが人としての正しい道だと思われる。


 ――だが、知りたい。女子の自慰に関する話を知りたくてしょうがない。そして、気がついた。


 ぼくが今、知りたいと切望する気持ちと、彼女が勃起に対してぼくの実感を知りたい気持ちは似たようなものなのだろうと。


 ――たぶん。


 だが、そんなことまで赤裸々に打ち明け合うのは健全な関係なのだろうか? 交際していない、ただの同じ部員という関係性のぼくたちが……少なくとも、健全な美術部の活動とは言い難いだろう。


 ぼくは性的好奇心と自制心の狭間で、熟考に熟考を重ねる。


 心の中の悪魔は、「こんな機会は二度とないだろうから、聞いちゃいましょうよ」と言う。


 心の中の天使は、「オナニー、女子のオナニー……」と鼻血を垂らして妄想に耽ている。


 どうやら、ぼくの心に住みついている彼らは、どちらもむっつりスケベのようだ。健全でよろしい。


 つまりは、ぼくの脳内は彼女のオナニーをしている妄想でいっぱいなのだ。どんどんと下半身が熱くなる。


 知りたい。どんな風にやったのか。

 知りたい。どんな感覚だったのか。

 知りたい。どんな感想を抱いたのか。

 知りたい。知りたい。知りたい。知りたい。知りたい。知りたい。知りたい。


 何度も妄想と自問自答を繰り返して、ようやく結論に達する。



「――そんな話を聞いてしまったら、明日からぼくは君と上手く喋れなくなると思う。それに、そんなことはぼくも含めて男子に話すべきことじゃないよ」


 彼女の覚悟を否定するようで、気が引けるが、それでも人として、部員として、友人として、男として、正しい選択だと信じたい。 


 決してカッコつけた訳ではない。何より、そこまで彼女のセンセーショナルでセクシュアリティーな話しに踏み込むことへ、大いにひよってしまった。自身が腑抜けた臆病者であることは自認している。たが、それでも、ぼくはその話を聞くことはできない。


「ねえ、わたしのオナニーする姿を妄想して勃起した?」


 彼女はぼくの否定を意に介さず、嘲笑する様にそう問いかける。


「別に全然、勃ってないよ」


 ――嘘だ。ぼくの男性器は反り上がりズボンを圧迫していた。


 ぶかぶかの制服のお陰で股間が学ランに隠れて、ぼくの慎ましい男性器がいきり立っていることは視認されない。


「ふーん。別にどっちでもいいけど、今日はわたしがオナニーしている姿を妄想してオナニーするでしょ」


「そ……そんなことはしないよ」


 ――嘘だ。彼女の自慰に耽る姿を想像して、ぼくは突き動かされるような性欲に満たされていた。たぶん、彼女を想い処理をするだろう。


「別にいいよ。わたしをおかずにしてもらって。それで精通するの。今日、はじめて精液が出て子どもが産める身体になるの。今日、君はわたしの妄想で精通させられるの」


 彼女は取り留めのないそんな妄想を確信する様に断言する。


 なんの証拠も推察もない、取るに足らないその言葉――


 だが、ぼくの身体は、ぼくの将来は、彼女の言う通りになる様に思えてならなかった。彼女の言う通り、ぼくは今晩に彼女の自慰している姿を妄想して自慰に耽り、そして、精通するのだろう。


 ぼくは今日、知ってしまった。




 彼女が自慰をするということを――


 彼女が初経をむかえた事ことを――



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