第3話 好奇心は仕方がない

 顧問の先生はやる気がないのか、廃部寸前の美術部に見切りをつけたのか、それとも単純に多忙なのかは分からないが、滅多に顔を出さない。たまに顔を出しても、画題を与える程度である。


 そのため、ぼくたちは自主的に画題を設けて、勝手に創作活動に取り組んでいる。今も特に顧問から課題は与えられていない。


 今日も特に理由はなく、最近流行っているアニメーションのキャラクターを模写している。彼女もぼくに釣られるように、画用紙へコミックかアニメーションか、はたまたゲームの女性キャラクターを描いている。


 僕は彼女が書いているそのキャラクターは知らない。ただ、胸とお尻がやけに大きく、ウエストが極端なほど細く随分と妖艶な印象を抱く。


 真摯に芸術と向き合っている人は、きっと集中して、無言でひたむきにキャンバスと向かい合うのだろう。だが、ぼくたちは創作活動中に黙々と創作することは少ない。そんな日はないと言っても差し支えないだろう。常にだらだらとお喋りをしながら絵と向かい合っている。


 その会話内容は出会って間もない頃は、当たり障りのない探り合いの様な会話であったが、最近では随分と過激で踏み込んだ内容が多い。むしろ、第三者に聞かれることが憚られる様な下ネタばかりである。


 ――ぼくたちの関係は過分に形を変えて、随分と歪んだものになってしまった。


「ねえ、勃起ってどういう感覚なの?」


 彼女は依然として勃起に対して関心を抱いている。


「……ぼくは女子が勃起なんて言うなと忠告したと思うけど」


「だって他の表現方法なんて知らないんだもん」


「他の表現であろうと男の生殖機能の状態変化なんか、女子が言葉にするべきではないし、疑問を抱かなくていい」


「横暴な考えね」


「一般的な見解だと思うけど」


「だって付いてないから、知りたいんだもん」


「付いてないって……付いてないから、知らなくていいんだ」


「でもさ、身体の一部が一時的に肥大化するんだよ。そんな部位は女子にはないんだもん。興味を抱くのは当然だと思うけど」


(――当然なのだろうか? 世の女性は勃起に対してここまで並々ならぬ関心を抱いているのか? 答えは否だろう。否だと思いたい)


「仮にぼくがその質問に答えれば、君の知的欲求は満たされるだろうが、ぼくは多分な恥じらいを得ると同時に、大切な何かを失うと思うんだ」


「要するに対価を支払えと……?」


「そうは言っていないが、今は情報社会だ。別にぼくから聞かなくてもインターネットでも書籍にもそれらに関する知識はあるだろう。つまり、わざわざぼくから聞く合理性はないと思うけど」


「わたしだって、勃起の原理は大脳の視床下部が刺激されることで、一酸化窒素が排出されて血液が大量に流れる事による現象だってことくらいは知っているよ」


「……詳しいね」


滔々と語る彼女に、ぼくは思わず苦笑を浮かべる。


「詳しい? 周知の事実だし、誰でも知っていることだと思うけど?」


「いやいや、誰でも知っていないよ! 男のぼくでも、そこまで構造原理については知識を有していないのだから」


「そうなの? 大丈夫? 自分の身体の事なのに……」


 彼女は不安気にぼくの顔を覗き込む。


 だが、そんな不安は不要だろう。むしろ、心配に思うのはぼくの方だ。


「――ぼくは、君の知識の偏り方が心配だよ」


 そんな心配に彼女は意に介さずに、話を続ける。


「わたしはネットや本に書いてある様なありふれた知識じゃなくて、君の体験というか、体感を知りたいの」


「……さっきも言ったけど、ぼくがそれを教える合理性もメリットもない」


「じゃあ、わたしが同じ様に恥ずかしくて、人には言い難い事を打ち明ければ教えてくれる?」


 約束はし難いその提案――だが、彼女が何を打ち明けようとしているのかは興味深い。


「……例えば?」


 彼女は逡巡して、誰にも聞かれないように声を潜めながら呟いた。




「――この前、オナニーを試したみたの……」


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