第4話 男友達として
一夜にして女子高生が男子高校生になったというのに、本人以外の誰も違和感を抱いていないらしい。
そして、もちろん千弦も例外ではなかった。
昨日の告白がなにかしらの影響を与えているのではないかと恐れながら、楓は相川家のインターホンをおずおずと鳴らす。
はーい、と千弦が返事をした数秒後、ガチャッと玄関の扉が開かれた。
「おはよ、早いね。いつも時間になってからピンポンしてくるのに。なにかあった?」
「円に追い出された」
「円ちゃんになんかしちゃったのか〜。中学生だし、思春期関係かな?」
「ご明察、としておく。はあ……難しいな、兄ってのは……」
他の家庭がどうかは置いておいて、鯉木の妹は兄が悲しくなる扱いだった。
「そうみたいだねぇ~。あ、上がっていきなよ。オレはまだ準備かかりそうだから」
「いいのか?」
恐れが杞憂だったどころか、家の中まで通してくれるというまさかの事態である。
「もちろん。ちょっとだけ散らかってるけど、まあ楓だしいいっしょ。オレの部屋行ってて〜、二階の奥!」
楓は昔の記憶を辿りつつ、二階へ階段を上がっていく。
千弦の部屋に来るのは、何年ぶりだろうか。おそらく、小学生以来だろう。リビングまでなら最近も上がらせてもらったが、千弦の部屋までは来ていなかった。
つまり、初の男子高校生の部屋だ。それも、好きな人の部屋ときた。
ゴクリ、と息を呑む。お約束かもしれないが、やはり見たいのはベッド下のシークレットゾーンだ。幸いにも今は男性同士。そういう気まずさを吹き飛ばす算段はある。
「いや、さすがに……だが、知りたい。少し……ほんの少しだけ失礼して……ん?」
しかし、体を傾けた瞬間にとある箱が目に入ってきて、その企みはすぐに中断された。わずかに蓋の開いた箱の中には、おおよそ「男子の部屋」には似合わない物が入っている。
「これは……ネイルショップの包装紙……? こっちは、花柄のチャームが付いたブレスレットだ。なんで、千弦がこんなものを持っているんだろう……?」
それも、包装紙やアクセサリー類は一つだけではない。
手に持ってみると、ますますわからなくなる。千弦の母がこれらをつけるイメージはないし、もちろん楓の趣味でもない。なら、どうして千弦が部屋に置いているのだろうか。
首を傾げていると、遠くから「お待たせ〜」という千弦の声が響いてきた。楓は持っていた箱を慌てて元の場所に戻す。物は仕舞ったが、気になる心は仕舞いきれない。
「不思議だなぁ。なんーで今まで楓のこと、オレの部屋に呼んでなかったんだっけね?」
「ああ、それは――」
思春期に入って、男女が密室で二人きりになるのを自然と避けていたから――その答えを今は言えないため、言葉に詰まった。咄嗟にそれらしい理由を考えて、すぐ口にする。
「あー、時間がなかっただけじゃないかな?」
「そう? なんかもっと理由がある気がするんだよね」
「どう、かな? 俺には心当たりがないよ」
楓は笑ってその場を濁す。まさか「昨日までは女子だった」など言えるわけがない。
ややこしい話は無しにして、今日という日を楽しみたい――のだが、やはり気になることはどうしても気になる。
「あのさ、千弦。この包装紙って……」
先ほどのネイルやブレスレットを示しながら問うと、千弦は明らかに硬直した。まずいものが見つかったと冷や汗をかきそうな表情をしながらも必死に笑顔を作る。
「あ、ああ、それね。えっと、そう、プレゼント用だよ。か、彼女ができたらプレゼントしようかなーなんて、ね? あはは」
「……前に、女の子じゃなくて男の方が好きって言ってなかったか?」
「そ、そんなことも言ったっけ……? あー、んと、今のは違くて……い、一番仲のいい女友達にあげようかなって買っておいたんだよ。なかなか渡す機会がなくてさ!」
これはなにかを隠すための言い訳だ、とすぐにわかった。だがそれよりも、「一番仲のいい女友達」という言葉を聞いて、楓の胸は軋むように痛む。嫌な話だった。
その相手が楓だとしたら、ずっと願望を言わせなかったことになる。誰よりも知っているのだから言えないのも当然だが、いや。それでも、匂わせることはあったはずだ。
「
「た、ぶん?」
曖昧な返事を受け、最初の考えは捨ててもいいと判断する。
では、その相手が楓ではないのなら――楓の他に仲のいい女友達がいるということになる。常に友人たちから囲まれている千弦のことだから、そう驚くことではないが、そうとも思えなかった。
一番仲のいい女友達は間違いなく私だ、という自信が楓にはある。今現在の姿が男性だとしても、これらを購入したのは女性のときのはずだ。
「その子のこと、好きなのか? それとも……本当は彼女がいるとか?」
口にしておきながら、いやないだろうなと否定する。先日、楓が告白したときに、そんなことは言っていなかった。第一、彼女ができたら千弦は真っ先に伝えてくるはずだし、彼女を置いて別の女子と頻繁に遊ぶなんて浮気紛いな真似をするはずがないのだ。
「いやいや、いないよ。好きな子はいない。楓もよく知ってるだろ?」
「そりゃ……まあね。なんとなく気になって、さ?」
「あー楓の意地悪だー。でも、オレこそ変に誤魔化してごめん。それ、母さんにあげようかなって思ってるものなんだよね〜」
にへらと微笑む。それも嘘なんだなと思った。けれど、もうそれでいい。それ以上の納得できる答えが、この場で得られるような気はしないと感じたから。
浮かんだ可能性を一つずつ潰していって、最後まで残ったものこそ真相に近い。
――もしやあのとき、千弦はそういう意味で……いや、どうかな。
ある一つの大きな可能性を残して、楓は思考をやめる。
「じゃあ、そろそろ出かけようか。いざ、遊園地へ!」
「うん、行こ行こ〜!」
これまで一度もそんな素振りを見たことはないのだが、最も可能性が高いことだ。それを今日という一日を使って、確かめてみることにした。
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