第5話 違和感

     3


 一つ目のアトラクションを乗り終わってから、ふとして千弦はうーんと呟く。


「ってか、今更だけどさ、男二人で遊園地ってどうなんだよ?」


「どうだっていいじゃないか。見渡す限り、確かに男二人は珍しいかもしれないけど、グループならいっぱいいるんだしね。それに、重要なのは楽しめることだろう?」


「そっか……そっかぁ? まあ、楓がそう言うんならいっか。よし、もっと楽しむぞ!」


「ああ、楽しもう。次は……お、フリーフォールにしよう。今なら空いているみたいだ」


「うわ、まじか〜。って、ちょっと置いていかないでよ、楓!」


 楓がずっと望んできたこと――男友達として千弦と遊ぶことが、今日ついに叶った。とても充実していて、これ以上なく楽しい気がする。


 しかし、例の正体は依然わからなかった。良くも悪くも、千弦は至って普段通りなのだ。


「かーえで、次どこ行く?」


 自然な流れで肩を組まれ、楓は持っていたチュロスを落としそうになる。そのまま楓のチュロスをかじる千弦を見ながら、これまでとの距離感の違いをやや実感していた。すぐ近くに顔があるという状況は、ちょっぴり心臓に悪い。


「……隙あらば肩を組もうとするんだな、千弦は」


「うん? そうかもだけど、まあいいっしょ。なんか気になる?」


 男女の持つ体型差に配慮した距離が今日はなく、過去最高に物理的な距離が近い。

 だが、実際にはその程度だ。一つのチュロスを半々にすること自体は、今に始まったことではない。これまでに何度もあったから慣れている。あまり変わらなかった。


 それもそれで、納得がいかない。


「いいや、大丈夫だよ。それで、千弦は次にどこへ行きたい?」


「んー、あっ。観覧車は? 今日いい天気だったから、綺麗な夕日が見られそうだよ」


 ざわめく胸中を抑えて、千弦の提案に大きく頷く。チャンスだと思った。


「大賛成だ。次は観覧車に乗ろう」


 観覧車という二人きりの空間を利用して、千弦から本心を聞き出す決意をする。罠に嵌めるようで少し申し訳ないが、逃げられないかつ他人のいない貴重な場所だ。

 案内されるままに乗り込み、向かい合わせに座って出発する。


「男二人で遊園地とかどうなんだって思ってたけど、関係なかったね。歩いてると、同じようなペアも結構いたし、なにより楓とならどこでだって楽しいもんな!」


「うん……」


 確かに、楽しい。だが、どこか違う。願っていたのに、満たされない。こうじゃない。真新しいものは間違いなくあった。これ以上ない充実感もあったはずなのに。

 慣れてしまえば男でも女でもそこまで変わらなかった。同じようなものだった。


 これが望みじゃなかったのかと虚しくなると同時に、改めて昨日のことが気になってしまう。今朝のあれは夢だったかもしれないが、男でも女でも「楓が千弦に告白した」ことに、変わりはないはずだ。


「……それはよかったよ」


 複雑な思いを抱えながら上の空な返事をした楓の顔を、千弦が下から覗き込んだ。


「そんで、なんか話がある感じ? ずっとなんか言いたそうだけど」


 聞き出す頃合いを計っていた楓に対し、なにかを察して直球で尋ねる。やはり二人の間に隠し事は似合わなかった。


「ああ。じゃあ、単刀直入に聞かせてもらうよ。千弦、どうして告白を断った? 隣のクラスの子じゃなくて、俺を振った理由が知りたい」


「えぇ? だってあれは、親友としてって――」


 千弦はにへらっと笑う。

 それが気持ちを誤魔化すときの笑い方だと理解している楓は、体の芯がむずむずと震えるのを感じる。このもどかしさが心の底から嫌だった。そうしてしまう千弦も、そうさせてしまう自分自身も、どちらも気に入らない。


「……気づいてるだろう、千弦。あれが嘘だってことくらい、本当は気づいているんじゃないのか……っ!」


 珍しく楓が声を荒げると、千弦は目を丸くした。だがすぐに楓の心情を察して、口の端をきゅっと結ぶ。適切な言葉が出てこないようで、足元を見ながら黙り込んでしまった。


「俺は……やっぱり千弦が好きなんだ。親友ってだけじゃなくて、恋人候補として気になっているんだよ。だから、知りたい。俺のなにがダメだったのか、どうか教えてほしい」


 楓が穏やかに告げると、千弦は真剣な表情で顔を上げる。


「……それは、ただオレに恋愛の資格がないからだよ。楓はダメじゃない。対象がどうのじゃなくて、そもそもオレには恋愛なんて向いてないから、期待に応えられないんだ」


 一度紡ぎ始めてしまえば、声に出して告白してしまえば、喉に詰まっていた言葉たちがするすると流れ出てくるようだった。

 ゆったりと語られる千弦の胸中を、楓は平静さを保って聞き続ける。


「これまではさ、告白されても断るのにピッタリな理由があったんだ。みんな、なにも言わなくても察してくれてさ。本当は違うけど、オレはそれを利用してた。けど、おま――」


 千弦は言いかけた先の「違和感」に気づいて、言葉を飲み込む。


 ――おまえに告白されたとき、どうしていいかわからなくなった。


 今までの理由というのは、紛れもなく楓だ。二人の親密さは知人の誰もが知っていたから、曖昧に濁しても「千弦が好きなのは楓だろう」と勝手に察してくれた。だけど、その理由は楓には使えない。


 ――……そうなんだけど、なんだろう。今日は、なにかがおかしい気がする。


 抱いた感覚に、千弦は心地の悪さを覚える。告白をしてきたのが、目の前にいる楓ではないような気がしているのだ。だが、それは限りなく直感的なもので根拠は全くない。ここで変なことは言えない、と口を閉じた。

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