第2話 告白の答え

 ――千弦の好きな相手、それが本当に私だったらいいのにな。


 そう願いたいが、ちっとも確証がないから怖くなってくる。

 千弦にとっては、ただの幼馴染みでただの親友かもしれない。女らしさのない楓を恋愛対象として見てくれる確率なんて、限りなくゼロに等しいだろう。


 けれど、もし楓の他に特別な人ができたらと考えると、耐えられそうになかった。千弦には自分以外の誰とも、自分以上に親しくならないでほしい。そう思ってしまう。そしてその思いは、千弦が告白されるたびに強くなっていた。


 何年も一緒に居続けて、楓はどうしようもなく千弦を想うようになっているのだ。


「ハ……気持ち悪いな、私……。今のままで、別にいいじゃないか……――うん?」


 今度は嗚咽の混じった声が聞こえてきて、反射的に片付ける手を止めた。再び廊下へと意識を向けると、女性の声が耳に届いてくる。


「う……うぅ……ダメだったぁ……。千弦くん……やっぱり本当なんだね、好きな人いるって話……っ! ぐすっ……あぁー、わたしでも勝てないかぁ……っ」


「よしよし。それでもあんたはかわいいよ、山田ちゃん」


 声の主はさっきの女子――山田たちだった。アイドルと言われる子までもが千弦に告白して、あっけなく振られてしまうというのもなんだか引っかかる。


 では一体、誰が好きなのか。楓なのか、それとも別の――。


「知ってる、ありがと。ねぇ、委員長……千弦くんが好きなのって、いつも一緒にいる子なのかな? さっきも一緒にいたけど、あの言い方って……」


「……実は男がいいとか、ってこと? まあ、今どき珍しくはないしね」


 ――千弦の恋愛対象が男なのかもしれない……?


 その可能性に、楓の手は動き出す。嗜好はそれぞれだ。みんな違うものだし、どうあっても一向に構わないし、尊重すべきだと思う。


『本当にこうだったら、よかったのかなぁ』


 女性版の自身を見たとき、千弦が呟いたことにも理由が付く。今までそんな素振りは見せていなかったが、あり得ない話ではないだろう。


 ――というか、そもそも男性が好きなら、女らしくない自分を女として見る必要などないじゃないか。つまり一件落着、これで二人は永遠の親友になる……わけもなく。

 むしろ、性別という一点だけで恋愛対象から外れてしまうというのは、楓にとってあまり納得のいくものではなかった。


「あ、まだいてくれた。おーい、楓ーっ! 帰ろっか〜」


 千弦は普段と変わらない調子で戻ってきて、のびのびと呑気に帰り支度を始めた。彼を見ていると、いつかこの親しさがなくなってしまうのではないか、と恐ろしくなってくる。


「あ、あのさ、千弦」


 震える手を握り込み、楓はおそるおそる声をかけた。


「んー? なんか大事そうな話?」


 対する千弦は振り返ることもなく、軽い口調で返事をする。

 長らく一緒に過ごしていると、声の調子一つで様子くらいは悟れるものだ。だがそうなると、気づかれずに隠し事なんてできない。少なくとも、楓にとっては無理な話だった。

 すうっと深く息を吸うと、楓はまず心の中で言葉を紡いだ。ゆっくりと覚悟を決めて、一思いに溜め込んだ想いを声にしてぶつける。


「私、千弦が好きなんだ」


 それは勇気を振り絞った告白だった。これは、今日まで一切持ち込まなかった話だ。

 ついさっきまで現状のままでいいと満足していた。なにより磨き抜かれた友情の中に恋愛を持ち込むことで、この関係が崩れてしまわないかとずっと恐れていたから。


 けれど、このまま自然消滅するかもしれないなら伝えておきたかった。あわよくば、千弦を独り占めしたままでいたい――その想いで、楓は言の葉を紡ぎあげた。


「……え……あ……ごめん、楓。ちょっと、待って……。オレ……そ、そういうの無理なんだよ。えっと……お、女と……か……恋愛とか、オレには、無理で……」


 千弦は隠し切れない動揺を誤魔化しながら、苦し紛れに言葉を探す。

 だが、その反応こそが答えなのだということは、容易に察することができた。付き合いの長さゆえに、楓は理解できてしまった。


「なるほど。千弦の恋愛対象は男なのかな?」


「へっ? えと……まあ、そんなところ、なのかな……? うーん、女とか男とかが……」


「そうか、私は女というだけでフラれるのか……」


「あ、いや、なんというか……正確にはその、そういうことでも……なくて……」


 どうにも歯切れの悪い言い方だが、これ以上はもういいと思った。楓には言えない理由があって、楓にはその資格がない。悔しいが、そういうことなのである。


「ごめん……女が嫌とか、無理とかじゃないんだ。けど、一旦待ってほしい。ゆっくり考えさせて」


 やはり、今日の千弦は様子がおかしい。ずっと苦しそうに、なにかに対して悩んでいる。しかし、その原因を確かめる勇気も気力も楓には残っていなかった。


 まるで体中から血が失われてしまったかのようだ。頭の中が芯から冷めきっていて、とても冷静ではいられない。そのはずなのに、どこか凪いでいるような心地がしている。


 ――もういい。こんな気持ちを、こんな空気をずっと抱えてなんていられない。


「いやいや、私の方こそごめん。いいよ、考える必要なんてない」


「楓……?」


「これはそう……冗談、だから! 冗談。今の告白は、親友としてのものとして受け取ってほしい。そっちの意味での好きだからね。恋愛対象を聞いてみたのは、そういう話をしたことなかったなーっていう単なる興味だよ」


 他人のことを言えないほど、下手くそな誤魔化しだった。一刻も早く切り上げたいだけの、苦しすぎる嘘である。

 そんなことは千弦もわかっているだろうが、なにも言わないならそれまでだった。


「意地悪してごめん、千弦。よければ、これからも仲良くしてほしいな?」


「も……もちろんだよ、楓。大好きな親友だからね」


「あ、そうだ。明日、遊園地に行くんだったね。また千弦の家の前でいいかな?」


「うん。すごく楽しみだ!」


 にへらっと笑った千弦を見て、楓はモヤモヤとする気持ちを心の奥底に押し込む。


 しばらくは、このままでいい。この話はなかったことにして、しばらくはこの関係を保っていたい。


 そう自分に言い聞かせ、気持ちに蓋をした楓であった。

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