第7話 逆転のデート
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翌朝、相川千弦は鏡を見つめていた。不思議な夢から醒めた実感があるのに、まだ夢の中にいるみたいで、とても信じられない。
だって、鏡に写っているのは紛れもない女の子だった。千弦と同じ特徴を持ち、雰囲気がそっくりな女の子である。確かに、あのアプリで試した顔そのものだ。
「……嘘じゃなかった……。マジかよ、こんな……!」
高くなった声にも女性らしい体つきにも慄きつつ、気合いを入れて家を飛び出す。やや小走りで集合場所へと向かった。
「か……楓……っ!」
辿り着いた駅で楓を見つけて、身が一層縮こまるのを感じた。まるで、大きな試験の合否を見に来たかのような緊張感で、うっかり吐いてしまいそうな心地がしている。
「おー、おはよう千弦」
「お、おお、おはよう……」
ふんわりとした茶色い髪は、下り目なことも合わさって柔らかな印象を作り出す。緊張の色を宿した瞳は一層くりっとしていて、楓の庇護欲がうっかり掻き立てられた。
「はは。そんなに緊張しないでいいぞ、ほら。でも、確かに変な感じだな? まるで、千弦が元から女性だったみたいに思えて、違和感がない。そりゃ誰も気づかないわけだ」
「オレの方は朝から違和感ありまくりだよ。母さんからは久々に髪を触られたし、父さんからは帰りの心配をされた。楓と一緒、って言ったら片づいたけどさ」
「経験者だから、その違和感はよくわかるよ。じゃあ、早速だが行こうか。これが、千弦の理想への第一歩になる、かもしれない一日のスタートだ。レッツゴーっ」
「は、早い早い。ちょ、待てって楓! 電車に乗って、どこ行くつもりだよ?」
「ちょっと大きめの都市にね。決して怪しい場所じゃないから、どうか安心してほしい」
頼もしすぎる楓の背中についていくと、やがて県内屈指の大きな駅に到着する。
それでも千弦には、楽しげな楓の目的がさっぱりとわからなかった。終始、戸惑いのまま糸が張り詰めた状態でいて、やがて辿り着いた場所を認識してもなお収まらない。いや、それどころか一段と怯えて華奢な体を縮こめる。
「……怪しさはゼロだけどさぁ……デパートコスメって、なに考えてんだよ……っ!」
「んー? 俺はコスメというものが全くわからないから、わからないことはプロに聞くのがいいだろうと思って……ね? あ、すいませーん」
「ね? じゃなくて、って、ああああ……ちょっと……っ!」
迷わずスタッフに声をかけた楓の袖を引っ張り、千弦は小声で怒鳴りつける。女性になったことで、身長差が逆転していて非常にもどかしかった。
「か、え、で! 男が二人で来る場所じゃないだろ、ここは……っ!」
「本当にそうなら、少しくらい違和感があるかもしれないが、今はそうじゃないぞ。ほらこの通り、かわいい女子と付き添いの男子だ」
「オ、オレにとっては男二人なんだよ……!」
「それを言ったら、私にとっては女二人だけどね?」
「うっ。それも、そうだった……」
「そう恐れるなよー、千弦。外から見れば、男女二人。心だけ見ても、男女二人。なにも心配なしの万事解決じゃないか」
楓がとても愉快そうに話すものだから、千弦もだんだんと糸がほぐれていくのを感じていた。
「そうかなぁ。楓はそう思う?」
「思う。ここまできたら、なるようになれだよ」
「ああ、もうっ……オレは挑戦を決めたんだ、あとは楽しむしかないっ……よし。落ち着け……やるぞー、オレ……じゃなくて、アタシとか言っておくか……っ!」
デパート内で両頬を叩くわけにはいかないので、両手で力一杯にサンドする。
「お待たせしました」
「この子をお願いします。全く詳しくないので、お任せで選んでいただけると」
「よ、よろしくお願いします!」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
互いにサムズアップを交わして、頷き合う。
それからは、メイクアップについて詳しく話を聞いたり、男でも同じ方法で大丈夫かと食い気味に訊ねて困惑されたり……互いにうっかり便所を間違えそうになったりもした。
つい、うっかり。それはもう、お互いがいないと危ないくらい自然に。
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