第36話

「なんでお前らがこんな時間にこんなところにいるのかとか、聞きたいことは山ほどあるが……とりあえずは無事でよかったよ」

「はい、すみません。また助けてもらって」

「それはかまわねぇよ。仕事だからな」

「仕事だとしても、ありがとうございます」


 和基の言葉に東雲は少し照れくさそうに頭をかいた。

 口は悪いが意外と面倒見がよく、良い人だと和基は思った。


「で、なんでこの状況になったんだ?」

「それは……これ見てもらっていいですか?」

「あん? なんだこれ、手紙か?」

「はい。二日連続で俺ん家の郵便受けに入ってて。こっちが昨日の分、こっちはその前の日の分です」

「ほぉん」


 東雲は和基に手渡された手紙をじっくりと見ている。透もその隣から手紙の内容を読んでいるようだ。

 手紙を渡すと同時に、和基は東雲に今回の化け物との経緯を説明した。

 この手紙を使って呼び出されたこと。和基を人質に透を呼び出したこと。東雲の到着を待つ間に化け物の目を彫刻刀でぶっ刺したこと。


「なんでそんな物騒なもん持ってんだ。銃刀法違反で逮捕されてぇのか?」


 彫刻刀の話をすると東雲はあからさまに顔を歪めた。彫刻刀という危険なものを持ち歩いていたことに呆れてもしかたがない。言い訳したい気持ちもあるが。


「俺を呼び出した相手が化け物だったので護身用に持ってきたんです。今回だけですから、見逃してくださいよ」

「はぁ、しょうがねぇな。とりあえずこれは俺が回収する」


 ため息をつきながらも、東雲は彫刻刀のことは見なかったことにしてくれるらしい。手紙をひらつかせてそう言った。


「わかりました。おまかせします」

「あとな、いちおう聞いておくがなんでこれを見てわざわざ指定通りに学校に忍び込んだ?」

「透の目のことを知っているのはどうしてだろうって疑問で。それにもしかしたら差出人は東雲さんの知り合いか誰かかなって思って。ほら、東雲さんの知り合いの警察の方なら透のことを知ってるかもって。あとなんか研究者がいるとかなんとか言ってたし」


 和基の答えに東雲はまた顔を歪めた。


「ばか、そんなわけあるか。もしこの手紙にかいてある通り目の力を消す、なんてことができるやつがいたら、俺が直接知らせに来てやるさ。そもそも、封筒には切手も市元の住所も書いてなかったんだろ? それはつまり、この化け物が直接お前の家のポストに手紙を入れたってことだ」

「あ……」


 東雲の言葉で和基はハッとする。

 たしかに、この手紙を見てからずっとなにか心に引っかかっていたのだ。それは内容が透の目に関することだからどうしてそれを知っているんだろう、という気持ちなのだと思っていたが、違った。

 この手紙には切手が貼られていない。それはつまり、郵便局を通していないということだった。


「くそ、普段手紙なんて送ったり送られたりしないから、言われるまで気がつかなかった」

「連絡なんて最近はスマホでできるからな。まぁ、馴染みがないなら気付けなくてもしかたがないさ」

「これ、今度から俺は和基に手紙を出したほうがいい感じ?」

「なんでそうなんだよ。瑠璃川、お前って結構ばかだろ」

「文通ってやつか? めんどくさいからべつにやらなくていいじゃん。ああでも、交換日記とかどうよ?」

「いいね、新学期が始まったらさっそくやろう。俺、使わないノート持ってくるよ」

「おう」

「わけぇな、お前ら……」


 化け物の死体のそばで楽しそうに話す和基たちの姿に、東雲は少し呆れ気味だ。


「はぁ、まぁ、あれだ。交換日記は好きにすればいいが、今日のところは帰れ。ま、見ての通り俺の車は使いものにならねぇから、家まで送って行ってやることはできないがな」

「大丈夫です。歩いて帰りますから」

「またお世話になりました」

「おう。気をつけて帰れよ。くれぐれも補導されないようにな」

「はい」

「はーい」


 東雲から忠告を受け、和基と透は頷いくと校門の方へと向かって歩く。


「今日は死んだように寝れる気がする」

「本当に死にかけた後に言われると反応に困るんだけど」

「悪い、そんなつもりはなかったんだ」

「そう、縁起でもないこと言わないでよね」

「ははっ、悪い。気をつけるわ」


 先程まで死の危険すらあったのに、和基は笑った。つられて透も笑みを浮かべる。

 この世には化け物が存在して、そしてそれがいつ人間に牙を剥くかわからない。けれど、どんな状況に陥ろうとも、和基は透の友人であり続けようと再度思った。


 この友情は不変のものでありますように。

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