第35話

「目が見えないからしばらくの間は目視で俺たちを探すのは無理だと思う」

「ああ、今のうちにできるだけ安全な場所に避難しないとな」


 化け物の悲鳴は体育館の外まで漏れ聞こえている。化け物が体勢を立て直す前にどこか安全な場所に隠れなくてはならない。


「んぐぐぐぅ」

「えっ? 透危ねぇ!」

「うわ!」


 和基たちは、化け物の目を潰したことでしばらくの間時間を稼げると思っていた。しかし化け物の復活は二人の想像を超えていて、化け物は目から真っ黒な血を流しながらも体育館から這い出ると触手を透に向かって伸ばしていた。

 それに気付いた和基が透を突き飛ばす。


「ぐっ!」


 透の代わりに触手に打たれた和基は勢いよく校舎の壁に激突した。

 骨が折れている気配はないが、さすがに二回目は体に堪える。


「くっそ」

「和基!」

「俺はいい! 透は逃げろ!」


 目が見えていないはずの化け物は透の方に向き合っている。あくまでも狙いは和基ではなく透なのだ。

 透は和基を見たが、苦虫を潰したような顔をして走り出した。向かう先はグラウンドだ。

 化け物は視覚を潰されている。しかし当然のように透のあとを追った。

 もしかしたら視覚以外にも聴覚、または嗅覚で透の位置を判別しているのかもしれない。


「くそ、俺になにができる? どうやったら透を救えるんだ?」


 和基の頭では目の前の強大な化け物を倒す方法が思いつかない。しかしなにもしないなんてことはできず、透を追う化け物のあとをがむしゃらに追いかけた。


「はっ、はっ」


 グラウンドの中心くらいを走っている透の、走るスピードが落ち始めている。肩で息をしているようで、おそらく体力の限界が近いのだろう。


「う、おらぁぁぁ!」


 スピードの落ちた透を捕らえようと化け物が触手を伸ばす。それを和基は痛む体を奮い立たせて、走るスピードを上げて触手に飛びついた。


「残念、透には指一本、触手一本触れさせてやらねぇ!」


 化け物は邪魔者を振り払おうと触手を振り回す。しかし和基も負けじとしがみついた。


「意地でも離してやんねぇぞ!」


 透の捕獲には和基の存在が邪魔だと理解したのだろう。大声を上げて化け物に威嚇する和基に向き合い、和基を先に始末しようと化け物はその背中から何本もの触手を生やして和基に襲いかかった。


「和基!」


 透の叫び声が聞こえる。

 一つの触手の動きを止めるのに必死な和基には、この数の触手の相手をすることはできなかった。数多の触手は和基を掴み、そのまま握りつぶそうと力を込めた。


「おらぁ! どけよ、ガキども!」


 和基の抵抗も虚しく、ただ握りつぶされる未来を待つしかなかった和基たちの耳に怒鳴り声となにかが壊れた衝撃音、そしてけたたましいエンジン音が聞こえた。


「ぐぅ!」

「うがっ!」


 化け物の悲鳴が聞こえた。そして、それと同時に和基の体に衝撃が襲う。

 和基は突然の衝撃で化け物の触手から滑り落ちると地面に落っこちた。


「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐ……」


 大きな声で悲鳴を上げた化け物の声が小さくなり、消えていく。

 和基は駆け寄ってきた透に手を貸してもらいながら立ち上がった。


「はぁ。こんな夜中にガキが外をほっつき歩くなんて、補導されてぇみてぇだな」

「東雲さん!」


 化け物の向こう側、車から出てきた東雲は煙草をふかしながらため息をついた。

 化け物と和基を襲った衝撃の正体は、東雲が車ごと化け物にぶつかったものだったのだ。


「東雲さん! 和基ごと轢くなんてどういう神経してるんですか!」

「ああ? あのときゃこうするしかなかっただろ。助かったんだから結果オーライってことにしとけ」

「でも!」


 化け物ごと和基を轢いたことに腹を立てた透は東雲に噛み付く。それを和基は宥めた。


「いいって、透。あの化け物の力は強かったし、たぶん東雲さんが車で轢いてでもしてくれないと俺はいまだにあの触手の中にいただろうし、普通にぺちゃんこにされるところだったんだから」

「そうそう、夜中に呼び出されて律儀にきてやった東雲さんに感謝しろ」

「それは……ありがとう、ございます」


 渋々、といった様子で透は感謝の言葉を口にした。


「あざます。おかげで助かりました」

「瑠璃川は不満気だし、市元はノリが軽すぎるぞ」

「すんません!」

「はぁ、まったく。背中の怪我は?」


 ため息をついて煙草を携帯灰皿にしまった東雲は和基に近づいた。


「ああ、えっと、まだ痛みますけど……でも、骨が折れてる感じはしないんで大丈夫です」

「必要なら救急車……は無理だが、病院に送ってやる……のも無理だな」


 東雲は自身の大破した車を見て頭をかいた。


「べつにこんくらいなら大丈夫です。寝たら治ると思うんで」

「いくら若いとはいえそれは無理だろ。明日、痛みが強くなるようなら病院に行け、いいな?」

「わかりました」

「和基……」

「大丈夫だって」


 和基が心配でたまらないのか、透は涙目になっていた。和基は問題ないと笑った。

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