第32話
次の日の朝、一月二日の郵便受けを覗くとそこには昨日届かなかった分の年賀状と、これまた昨日と同じく和基宛の手紙が入っていた。
「はい、これ」
「ありがとう」
母親に年賀状を渡し、和基は手紙を持って自室に戻る。
封筒に差出人は書かれていなかったが、おそらく同じ人物が出したのであろう。封筒や手紙、筆跡が昨日のものと同じだった。
和基は手紙を開けて中身を見る。昨日と同じく、手紙が一枚だけ入っていた。
内容を要約するとほとんど昨日のものと大差なかったが、文の最後のところだけが違った。
「えっと、今夜日付が変わる頃に学校でお待ちしております……?」
時間と場所を指定されており、この手紙の主は和基と会いたいようだ。和基はどうするか悩んだ挙句、その日の夜、こっそりと家から抜け出した。
和基は高校生。普通ならこの時間に家の外を歩いていたら警察に補導されてしまう。なので周囲を確認しつつ学校を目指す。
正月の学校は教員たちも休みのようで、当然のことながら明かりはついておらず、校門も閉まっていた。
和基が開けようとしてみるが、どうも鍵がかかっているらしい。しかたがないので和基は門に足をかけると軽々と門を飛び越えて校内に入った。
和基はポケットに仕舞っておいた手紙を出す。時間は日付が変わる頃、場所は学校。しかし学校とだけしか書かれていないので、校内のどこを示しているのかまではわからない。
「くそっ、せめて手紙の差出人から話を聞きたいのに」
透の目を普通に戻せるのかどうかはともかく、どうして透の目のことを知っているのかを和基は知りたかった。だからわざわざここまできたのに、このままでは手紙の差出人の白石がどこにいるのかわからない。
「校舎の中は……だめだ、閉まってる」
とりあえず校内を一通り捜索することに決めた和基は昇降口の扉を引いてみるが、門同様に鍵がかかっていて中に入ることは難しそうだ。
「でも鍵がかかってるなら白石って人も校舎の中に入れないよな。っていうことはグラウンドとかか?」
和基はグラウンドへ向かう。しかし広い砂の上には誰もいない。
和基がもしかしてこの手紙はいたずらだったのではないかと疑い始めた頃、体育館に明かりがついているのが見えた。
「……え? なんで体育館の電気ついてんの?」
老朽化して修復工事を行っていた体育館の修理が終わったのは文化祭も終わり、ちょうど学校が冬季休暇に入った頃。
もちろんこんな時間に部活をしているはずがないので、普通なら明かりなどついているはずがない。
「もしかしてあそこに白石さんがいるのか?」
和基は体育館に向かう。扉をぐっと押してみると、鍵はかかっていなかった。
キィと、扉が音を立てて開くと綺麗な下駄箱が置かれている。入って右側の通路にはトイレがある。
靴を脱ぐと下駄箱のスペースを抜け、扉に手をかけた。この先の体育館の中に和基に手紙を寄越した白石がいるはずだ。
和基は扉を開ける。鍵のかかっていない扉は簡単に開いた。
「んっ」
先程まで暗闇の中を行動していたので体育館内の照明の眩しさに目を細めた。
しばらくして目が慣れると周囲を見渡す。しかしそこには工事のおかげで綺麗になった壁や床、バスケットゴールがあるだけで誰もいなかった。
「あれ?」
わざわざ明かりをつけていたのだからここにいるだろう、そう思っていたのに考えが外れて和基はきょとんとして周囲を見渡す。
「白石さんどころか誰もいねぇ……」
内装の綺麗になった体育館の中にいるのは和基一人。和基がため息をついて帰ろうと振り返った、そのとき。
「ごぉんばんばぁぁぁ」
「え?」
和基の目の前には紐のようなものが垂れ下がっていた。そしてそれは触手のようにうねり、和基の腕を掴んだ。
「ちょっ!」
触手のようなものは和基の背後からも近づいてきていて、和基が気づいた頃にはすぐ近くまで迫ってきており、和基は逃げる間も無く全身を触手でくるくると巻かれて捕獲されていた。
「おまぢしでおりまぁしたぁぁ」
全身を拘束された和基は声のした方、頭上を見上げた。
「……は?」
そして和基は口をぽかんと開け、言葉を失った。
和基の頭上、そこには体育館の天井を覆うほどの、大きいなにかがいた。そしてその生き物から伸びている触手が和基を捕まえていた。
化け物。茉優に擬態していたものとは別の見た目をした化け物。そう理解するのに時間はかからなかった。
「て、テメェ! なんのようだ⁉︎」
和基は体を拘束されたまま化け物に向かって叫ぶ。
「白石って人をどこにやった? それとも、あの手紙はお前が出したのか?」
「とぉる……目ぇ」
「透、の目?」
「ほしぃ!」
「っ!」
化け物のふにふにとした触手が和基を強く抱きしめた。触手自体は柔らかいが、抱きしめる力が強い。和基は触手の中から抜け出そうと必死で動くが化け物はびくともしない。
「で、でぇんわぁ」
「あっ? ちょ、触んな!」
天井に張り付いた化け物は触手をもう一本生やすと和基の服の中を弄った。そしてポケットからスマホを抜き出し顔らしい箇所へ近づけた。
「あ、ああ、ごれ……とぉう」
「おい、やめろ!」
化け物は和基の制止の声に耳を貸す様子なく、触手を器用に動かしてスマホを操作すると電話をかけ始めた。
「ん? んふふ」
コール音が鳴る中、化け物は機嫌良さそうに触手でスマホをぶらつかせて、にたりと口角を上げている。もちろん和基を離す気はないようで拘束は解けない。
「……はい、もしもし? こんな時間にどうしたの、和基」
数回のコール音のあと、電話に出たのは透だった。眠たそうな透の声がこちらにまで聞こえてくる。
「とぉーう。どぉる……とぉおる」
「は?」
化け物は透の名前を呼ぶ。透は意味がわからないと呆れ気味の声を出していた。
「どおるぅぅぅかずぎかえしでほじいぃ?」
「……は? お前、誰?」
電話越しに透の冷たい声が聞こえる。
「かずきもらっだぁ」
「やめろ!」
和基は電話に向かって叫んだ。
ここにきて和基は化け物の目的に気がついた。この化け物は透の目を狙っている。そして透をここに呼び出すため、人質にするために和基を捕獲したのだ。
「和基! どこにいるの⁉︎ 今、誰と一緒にいる⁉︎」
「なんでもない! だから気にしなくていいから!」
「かずぁ!」
「ぐえっ!」
和基が自身の計画を邪魔しようとしていることに気がついたのか、化け物は和基の腹部に触手を鞭のようにしならせて打った。
和基の口から悲鳴が漏れる。
「和基!」
「だ、いじょうぶだから……なんでも、ない」
心配そうな声で叫ぶ透に、和基は痛みに耐えながら頑張って声を振り絞って言葉を返す。
「どおる……かずきころずよぉ」
「俺になんのようだ。今どこにいる? なにが目的だ」
「とおるくれ」
「わかった」
「透! くるな!」
「たいいいいくかんん」
「体育館だな。わかった、今すぐ行く。だから和基には手を出すなよ」
「くるな!」
和基は電話に向かって叫ぶものの、無情にも電話はそこで切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます