第31話
「お金使いすぎたね」
「服代が結構高かったよな」
「結局お互いの服をフルコーデしたもんね」
昼食を取り、財布の中が心許なくなった和基たちは公園に移動していた。
和基が通う学校のグラウンド程度の大きさをした公園には遊具があり、すべり台にブランコ、アスレチックの他に、どうやって遊ぶか使用方法不明な不思議な形をしたオブジェのような遊具も設置されている。
和基が幼少のときからある公園で、平日の夕方などは子供が多く遊んでいるが、今は正月だからか
和基たちは寂しそうに風で揺れているブランコに腰掛けた。
「ブランコなんて乗ったのいつぶりだろう」
「俺はたまに乗るけどなー。こう、思いっきりこぐと気分がスカッとする」
そう言って和基は立ち上がるとブランコを立ち漕ぎし始めた。
最初はゆっくり揺れていたブランコが大きく半円を描くように激しく揺れていく。
「落ちないようにね」
「落ちねえって。ガキじゃあるまいし」
「俺たちはまだまだ立派なガキだけどね」
「それは……まぁ、そうだな!」
和基は笑みを浮かべて勢いをつけてブランコをこぐ。
「透はやんないの?」
「俺はやめとく。食べたあとに激しく動いたら吐きそう」
「そっ、そうだな。俺もやめとこ」
透の言葉に納得し、和基はせっかく強めたブランコの勢いを殺していった。
「懐かしいね」
「うん? なにが?」
キィキィとゆりかごのようにブランコを揺らしていると唐突に透が口を開いた。和基は首を傾げる。
「昔、小学生のときだったかな。学校のグラウンドにもブランコがあったでしょ?」
「ああ、あった! 今は老朽化したとかで撤去されたやつな」
和基は思い出して頷いた。
和基たちの通う学校にもブランコがあった。鉄棒やシーソーよりも子供人気が高かったので、昼休みのたびによく上級生たちとブランコの席の争奪戦が繰り広げられていたものだ。今は老朽化を理由に撤去されてしまっている。
「俺がいつもひとりで教室の隅にいたら和基が無理矢理手を引っ張って外に連れ出したんだよね。それで一緒にブランコに乗った」
「あー、そんなこともあったっけな」
「俺、あのとき初めてブランコに乗ったんだよ。すごい怖かった」
「初めてで二人乗りはハードル高かったか。すまん」
和基は昼休みに教室に篭もりがちだった小学生の透を無理矢理ブランコに乗せたことがあった。たしか透がブランコに乗ったことがないと言っていたので、和基は乗り方を教えてやると言って二人乗りをしたのだ。
今になって思い返すと、初めてで二人乗りは危険すぎたと思う。本当は初めてでなくても二人乗りは危険なのだが。
「べつにいいけどね。おかげで俺はブランコに乗れるようになったんだし」
「乗れるように……って、ブランコくらい乗ろうと思えばいつでも乗れただろ」
「乗れなかったよ。だってブランコの周りにはいつも人がいたからね」
「あー。まぁ、低学年から高学年まで人気だったもんな、ブランコって」
「そうだよ。だから俺はブランコに近づくことすらできなかった。和基が無理矢理乗せなかったら今も乗れないままだっただろうね」
透はブランコを軽く揺らしながら遠くを見つめた。どこか、ではなく過ぎ去った過去を見つめているような瞳だった。
「シーソーに乗ったのも和基に乗せられたのが初めてだったな。和基が勢いよく乗るからごつんごつんってお尻がシーソーに当たって痛かった」
「小学生のときの俺、全然気遣いできねえやつだな」
和基も当時を思い出し、苦笑する。
いくら透と一緒に遊びたかったからといって、無理矢理自分のペースに巻き込みすぎたかもしれない。
「いいんだよ。気遣いなんてしない和基だったから、俺のことを気味悪がらずに声をかけてくれた。俺の手を握って外に連れ出してくれた」
穏やかな表情を浮かべた透は隣のブランコに座る和基の方を向く。
「俺はね、ずっと和基に感謝してるんだよ。こんな俺と友達になってくれてありがとう」
「お、おおう……なんだよ、急に改まって」
改まった透の言葉に気恥ずかしさを覚えて和基は落ち着きなく首をさすった。
「と言うかこんな俺って言うのはなしだろ。透はたしかに他のやつとは違うところがあるけど……それでも、透は透じゃないか」
なんだか恥ずかしくて俯きがちになりながらそう返すと透は頷いていた。
「……うん。そうだね。そうなんだね。本当に和基はそういう子だよね」
「なにが?」
「いや、和基は優しいなぁって思って」
和基が首を傾げると透はこれまた恥ずかしげもなく和基を誉めた。
「そんなこと……」
「あるよ。和基にとってはそれが当たり前のことでも、俺にとっては特別なことだったんだ。人に優しくされる、って経験をろくに体験したことがなかったからね、俺は」
否定しようとした和基の言葉を切って、透は話を続けた。
和基は思わず頭をかいた。
「無理矢理ブランコやシーソーに乗せたのは優しいに含まれるのか?」
「俺はずっと乗ってみたかったよ。だから強引ではあったけど……きっかけを作ってくれた和基には感謝してるし、だから俺は和基のことを優しいと思うんだ」
「ふぅん。よくわかんねぇけど、透が嫌がってたわけじゃないならいいか」
「うん、それでいいよ」
透は前を向くと軽くブランコをこいだ。和基も自身のブランコを揺らす。
「まぁ、結局のところ俺が言いたかったのは和基と一緒にいると気が楽って伝えたかっただけだよ」
「そうか」
先程の和基を真似てゆっくりとだが立ち漕ぎをした透の視線はブランコとは反対側の自動販売機に向けられている。その整った横顔を和基は見つめて頷いた。
日焼け知らずの白い肌にさらさらと揺れ動く髪の毛。瞳の色素は人より少し薄く、きらきらと輝いていた。
いくつ年をとっても、いつまでも変わることのない透の横顔。髪型も、その瞳も初めて出会った小学生のときのまま。
変わったことといえば中学生のときに変声期に入って声が少しばかり低くなったことだろうか。
「ああ、あと――」
決定的に変わったのは表情だろう。
ずっとなにかに怯えていた透は口をきゅっと結び、声を出さないことも多かった。時折化け物がいると泣き叫ぶとき以外は表情筋を固め、眉を下げての無表情。それが子供の頃の透の顔だった。
それが今ではこんなに柔らかい表情で外の世界を見られるようになったのだ。
自分の殻に閉じこもっていた透が、すぐそこで笑っている。笑顔を浮かべられるようになった。それは和基だけのおかげとは限らないが、それでも透が変われるきっかけを作ってあげられたのなら、嬉しいと和基は素直にそう思った。
「……和基?」
「ん? ああ、なんだ?」
透に声をかけられて和基はハッとした。
「いや、なんだかボーっとしてたみたいだから。もしかして寒い?」
「大丈夫。ちょっと昔のこと思い出してただけだ」
「昔って……和基が学校の遠足で出かけた先で迷子になったときのこととか?」
「それはちょっと記憶にないですね」
和基がそう返すと透は笑った。それを見て和基もつられるように笑顔を浮かべる。
正月だからか
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