第29話

 初詣を終わらせ、甘酒を飲んでおみくじを引き、お守りを買い終わった三人は神社の敷地内から出た。人が多いなか、いつまでも居座っていては迷惑だと思ったからだ。


「私はこのあと友達の家に遊びに行くんだけど、お兄たちはどうするの?」

「俺はべつにこのあとの予定はないから帰る、かな」

「えー、それなら一緒に買い物でも行こうぜ」

「和基がいいのなら」


 和基が帰る、と言う透を遊びに誘えば、透は簡単に頷いた。


「行ってらっしゃいー」

「おー、綾音も気をつけるんだぞ」

「うん!」


 和基たちは神社前で友人宅に行くと言う綾音と手を振って別れた。


「和基、買い物ってなにか欲しい物でもあるの?」


 歩き始めた透は和基に問いかける。


「いんや? ただ暇だしすることもねぇしなーって思って。透だってこんな時間に家に帰っても暇だろ」

「まぁ、ぶっちゃけるとすごく暇だよ。うちは親戚との縁もほとんど切れてるし、家にいてもお互い無干渉だから結局一人でいるのと変わりないし」

「だと思ったー。なら買い物にでも出かけたほうが有意義ってやつだろ」

「俺はべつになんでも、どっちでもいいけどね。まぁ、和基が一緒に遊んでくれるって言うのならそっちのほうがいいか」

「元日から遊び呆けてやろうぜ」

「いや、節度は保ってね?」


 遊ぶ気満々でにやりと笑う和基に、透は少し呆れ気味にくすりと笑ってそう言った。

 暇を潰したいがとくに目的地があるわけではない和基たちは、遊びやデートの定番である繁華街に足を運んだ。


「大丈夫なの?」


 繁華街に入った途端、透が口を開いた。

 立ち止まって、心配そうな目で和基を見つめている。


「え? ああ、もしかして茉優ちゃんのこと?」


 この繁華街は和基にとって初めての彼女である茉優とのデート場所であり、茉優の姿に擬態した化け物と遊び、その死にゆくさまを見る羽目になった橋が近くにある、悪い意味での思い出の場所だ。

 透がそれを気にしていることに気がついて和基がそう聞き返すと透は頷いた。


「うん。しんどくない? 遊ぶだけならべつの場所でもいいんだよ」

「いいよ。だってここ以外に遊ぶところ、ろくにないじゃん。それに俺の中でちゃんと踏ん切りはつけたつもり。だから大丈夫」


 透の提案を和基は首を振って断った。

 この繁華街には遊ぶ施設が充実している。裏を返して言えば、この繁華街に商業施設が集まっているので、ここ以外に近くで遊ぶところはあまり存在しないのだ。


 それに茉優の死、そして化け物の死も和基の中では折り合いをつけて、前に進むととうの昔に決めたのだ。時折思い出すことはあっても、いつまでも、どうすることもできなかった茉優の死を引きずり続けるわけにはいかない。

 どれだけ悲しくて苦しくても、時が止まることも戻ることもはないのだから。


「そう、無理しないで。しんどくなったらすぐ言ってね」

「それはこっちのセリフだっての。透は人酔いしやすいタイプみたいだし。文化祭のときだって、東雲さんがいなかったら俺はどうすればいいかわからなかったしさ」


 透は人酔い、そして化け物酔いをしてしまう。なので繁華街のような人が多いところでは体調を悪くしてしまうかもしれない。和基はそう思って透に言い返した。


「あのときはごめんね」

「いや、怒ってるとかではないぞ? ただ俺は対処法を知らないから、しんどくなったら先に言って欲しいだけ。そうしたらどっか椅子のあるところで休めばいいし」


 申し訳なさそうに謝罪する透に和基は慌てて言い直した。透は頷く。


「うん、わかった。お互い、無理はしない。しんどくなったら言うってことで」

「おう」


 頷きあい、和基たちは繁華街を散策することにした。

 映画館に本屋、カラオケ屋など様々な店が立ち並んでいる。そのなかで和基はメンズ服を売っている店の店頭チラシに目をつけた。


「福袋だってさ。行ってみる?」

「いいよ」


 透の許可を得て、和基はメンズ服を売っている服屋に入った。

 店に入ってすぐのところにいくつもの鞄が山積みにされている。その台の下には福袋とでかでかと書かれていた。


「上着とズボンとこの鞄がセットなんだってさ」


 紙には福袋の中身が書かれていた。

 入れ物になっている鞄と黒いスキニーズボン、そして白を基調とした上着の三点セットの商品になっているらしい。


「へぇ、この上着、和基に似合いそうだね」

「本当に? どうしよう、新しい服欲しいと思ってたから、これ買っちゃおうかな」


 透に勧められて和基は福袋の購入を検討する。しかし黒いスキニーズボンは履く機会があまりないのでどうしたものかと熟考してしまう。


「こっちの服も和基に似合いそうだよ」

「そうか。たしかにこういう服好きかも……って、透は自分の服を見ろよ」


 透は福袋とは別の、個別に売っている服を持ってきて和基に見せた。一度頷いた和基だったが、透に自分の服を見るように言った。

 しかし透は首を横に振った。


「いいよ、俺は。和基に似合う服を探してる方が楽しいし」

「なんでだ。なら俺は透の服を見繕ってやる」

「いいね、それ。じゃあ、お互いに似合う服を探し合いっこしようか」

「おう!」


 話の流れで透は和基に似合う服を、和基は透に似合う服を探すことになり、和基は店の服を隅々まで見て周り、透に似合いそうな服を探していく。

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