第28話
「なぁ、ここ人多いけど、体調大丈夫か?」
和基は綾音に聞こえないように小声で透に声をかけた。
「え? ああ、うん。今日は調子もいいし、
「そっか、ならよかった」
透は一瞬なんのことかと首を傾げたが、和基の質問の意味を理解すると笑みを浮かべて頷いた。
透は人酔いをするタイプだ。しかも化け物が多く集まる場所だと余計に。
そのことを文化祭の日に知った和基は、透を人混みの中に紛れさせてしまうときはできるだけ気を遣おうと思っていた。単純に友人の苦しそうな姿を見たくないのだ。
「どうしよ、お兄。私、財布に五円玉入ってないや」
「べつに五円玉じゃなくてもいいんじゃないか? 五円ってご縁とかけてるだけだし。五円玉じゃないといけないって決まりはないんだから」
「そっか、それもそうだね」
「ちなみに願掛けをしたいのなら十円玉は遠慮した方がいいそうですよ。なんでも遠縁、になってしまうそうですから」
「遠縁……十が遠で円はそのままで遠縁……なるほど! そういうのがあるんですね。危うく十円玉を賽銭箱に入れるところでした。教えてくれてありがとうございます!」
思わぬ豆知識を教えてくれた透に綾音は礼を言った。
和基もどうせなら縁起のいい小銭を入れたいので、逆に縁起の悪い小銭は避けたいものだ。
「へぇ、そういうのがあるのか。透は物知りだな」
「たまたま知ってただけだよ。この前読んだ本に書いてあったんだ」
「読書してるだけですごい」
「読書しているだけですごいです」
「そんなハモってまで言わなくても」
市元兄妹の、兄妹らしいハモリをみせた言葉に透は苦笑した。
和基や綾音は基本、漫画を読むことはあっても小説や豆知識を仕入れられるような本は読まない。なので純粋に透の知識の多さに脱帽した。
――カラン。ガシャガシャ。パン、パン。
和基たちの番がくると和基たちは賽銭箱にお金を投げ入れ、縄を振って鈴を鳴らすと二回お辞儀をして拍手を二回、手を合わせると最後にもう一度お辞儀をしてその場を離れた。
「ねぇ、お兄、私おみくじ引きたい。透くんも行かない?」
「おみくじね。たまにはいいんじゃないか? 透もくるだろ?」
「ああ、うん。じゃあ引き続きご一緒させてもらおうかな」
参拝した三人は綾音の提案でおみくじを引くことになり、社務所に向うと巫女さんに代金を支払って多角形の木の箱をシャカシャカと降り、出てきた棒に書かれた番号を伝えておみくじを受け取った。
「やったー! 私、大吉!」
「俺は中吉。中途半端かな」
大吉を引いた綾音は喜びのあまりその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。透は中吉だったようで、喜ぶべきかとリアクションに困っている様子だ。
「俺は……」
そんな二人を横目に和基もおみくじを開けた。そしてそこに書かれていたのは――
「しょ、小吉……」
「ど、どんまい。お兄」
「なんならもう一度引き直す?」
「いや、いいや」
小吉という結果に少しショックを受けたものの、和基は透の提案を断った。凶とかでない限り、そこまで悪い、ということもないだろうと思ったからだ。
おみくじを無くさないよう財布にしまい、三人は社務所近くの甘酒を配っているコーナーへ行った。神社の入り口から見えたときと同じく、巫女が初詣にきた人々に甘酒を配っている。
和基たちも紙コップに注がれた甘酒を受け取り、近くに設置された簡易的な休憩スペースに腰を下ろす。
「ねぇ、お兄、甘酒って私も飲んでいいの?」
「え?」
「だってお酒なんだよね?」
「ふはっ」
綾音は純粋な瞳で和基を見つめて首を傾げた。それをみて隣に座っていた透が吹き出して笑う。
「え、え? 私、なんか変なこと言った?」
「いや、すみません……ふふ」
困惑する綾音に、透は顔を逸らして笑いを堪えているようだが肩がかすかに揺れている。
「あのな、綾音。甘酒は酒とは言うけど、子供でも飲めるものなんだよ」
「えっ、そうなの?」
肩を震わせている透を他所に、和基は綾音に甘酒の説明をしようと口を開いた。
和基の説明に綾音はきょとんとしている。
「今まで甘酒をなんだと思ってたんだ」
「えっとー、大人が飲む甘い味のお酒?」
「言葉のまんまに受け取ってしまったんですね」
なんとか笑いを抑えることに成功したらしい透が会話に交わる。
綾音は首を傾げた。
「違うんだ?」
「そりゃあ違うだろ。じゃないと未成年が酒飲んじまうことになるだろ」
「ええ? でもこれはお酒なんじゃないの? それとも子供が飲めるお酒が世の中にはあるの?」
「甘酒は米麹を使って作ってるんです。酒って名前に入っているけど、アルコールはあまり入っていないんですよ」
甘酒とはなにかと考えて頭がこんがらがり始めた綾音に、透は少し詳しく解説した。
「うちの神社でお配りしているのは自家製のもので、沸騰させているのでアルコール分は飛んでいるので小さなお子さんでもお飲みいただけますよ」
「へぇ、そうなんですか!」
和基たちの話が聞こえていたのか、近くにいた神主が補足で説明をしてくれた。
綾音は納得するとおそるおそる甘酒に口をつけた。
「あっ、美味しい」
「あったかくていいね」
「寒いから温まるなぁ」
神社内を吹き抜ける風は冷気を纏っていて冷たい。なので温められた甘酒が体に染みた。
甘酒を酒だと勘違いしていた綾音も甘酒を気に入ったようで、美味しそうに飲んでいる。透もほっと一息ついているようだ。
「あっ、そうだ。せっかく神社に来たんだしお守り買おうぜ」
「そうだった、私学業なんちゃらのお守り買わないと!」
「学業成就のことですかね」
「そうそう、それそれ!」
甘酒を飲み干した和基たちは甘酒の入っていた紙コップを用意されていたゴミ袋に捨てると社務所に向かう。そこには数人お守りを買う人で列ができており、おとなしくその列に並ぶ。
自分たちの番が回ってくると和基たちは学業成就のお守りを買った。綾音は朱色のもの、和基と透は紺色のものだ。
「俺はともかく、和基は勉強を頑張らないといけないからね」
「いやいや、期末テストで一科目も赤点取ってないから」
「俺が勉強見てあげたからでしょ」
「それは……そうだな」
透の言葉に言い返した和基だったが、その通りな事実を言われて押し黙った。
和基は冬季休暇に入る前の期末テストでひとつの科目も赤点を取ることはなかった。しかしそれは自分自身の力だけではなく、勉強が得意な透がマンツーマンで和基にテストで出そうな問題やその解き方を教えてくれたからだった。
「お兄と透くんは本当に仲がいいんだね」
二人の姿が微笑ましかったのか、綾音は嬉しそうに笑みを浮かべながら口を開いた。
「そう、ですね。和基にはいつも仲良くしてもらってます」
「俺も透には仲良くしてもらってます。とくにテスト前」
綾音に向かってぎこちない笑顔を浮かべる透だったが、和基の少し情けない声でその表情を緩めた。
「もう、妹さんの前なのにそんなこと言わない方がいいよ、和基」
「でもこれが兄の事実だからなー」
「お兄が勉強苦手なのは知ってますよ、私!」
綾音は胸を張ってそう言った。
「それでも妹の前ではかっこつけたがるものなんじゃないの? お兄ちゃんってのは」
「たとえ勉強が苦手でもお兄はかっこいいですよ」
和基に尋ねる透に、綾音はしれっとそう言った。
「おい、綾音。それは普通に恥ずいんだけど」
妹の素直な賞賛の言葉に和基は頬を赤らめた。面と向かって言われるのは家族でも、いや家族だからこそ恥ずかしいものだ。
「二人こそ仲がいいなぁ。いや、和基が誰とでも仲良くなれるってだけなのかな」
「私たちは兄妹ですからとくに仲がいいですよ! たしかにお兄は誰とでも仲が良くなれるイメージあるけど!」
「和基は基本的に人に助けれるタイプ。とくに年上にかわいがられる」
「ああ、簡単に想像つきます。やーい、お兄の人たらしー」
透と綾音は和基に聞こえる声量でこそこそと話していた。
和基抜きでもそこそこに話をできるくらいの仲になってくれて、和基は少し安心した。透は人と距離をとりがちなので、少しでも多くの自分以外の友人を作って欲しいと思っていたからだ。
「誰もたらしこんでねえよ」
「俺はたらしこまれてしまったけどね」
「そんなつもりは一切なかったが?」
「ないからこそだよ」
和基の反論に透は嬉しそうに目を細めた。
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