第三章 不法侵入
第27話
和基の自室のカーテンから太陽の光が入り込んでいた。布団をめくってみると、案の定寒い。フローリングが剥き出しの床は冷たかった。
文化祭を終え、期末テストを終わらせると学校では集会が開かれた。冬季休暇に入ったのだ。
そして休みが始まって勉強をほっぽり出してゲームばかりしていると、驚くほどすぐに年が明けた。
和基は一月一日の早朝にあくびをこぼしながら服を着替えた。
洗顔を終えると、和基は冷気の漂う外に出た。郵便受けの中を確認すると、中にはたくさんの年賀状が入っており、それを取りに行くよう出会い頭に母親に命じられた和基は年賀状の束を持ってリビングに戻った。
「ありがとう。あと、あけましておめでとう。って、あら? なに、それ?」
「わかんない。けど俺宛っぽい? ああ、あとあけましておめでとうございます」
和基から年賀状の束を受け取った母親は、和基の右手に握られた手紙を見て首を傾げた。
この手紙も郵便ポストの中に入っていたものだ。差出人の名前は記載されていないが、宛名は和基となっていた。
「え? え? もしかしてそれ、ラブレターってやつ⁉︎」
ソファーで横になっていた綾音が飛び起きて和基の元へ駆け寄る。
たしかに言われてみると漫画などでみるラブレターにも見ている。けれど。
「ラブレターだとしたら家じゃなくて学校の下駄箱の中に入ってるもんなんじゃないのか?」
「それは……ほら、他校の子から、とか?」
「なんで俺ん家知ってるんだよ。怖いわ」
「それもそうだね……と言うかなんで正月に渡すんだって感じ」
「そうなんだよな。どうしてこんな学校も休みのタイミングで……」
綾音と和基は差出人、内容不明の手紙に首を傾げた。
「封筒に入ってるだけでラブレターって決まったわけじゃないでしょう? もしかしたら年賀状かもしれないし」
「えー、わざわざ年賀状を封筒に入れるものなのー?」
「写真が同封してあるとか。年末年始は海外かどこかに出かけていて、思い出の写真を一緒に送ろうとしてくれたのかもね」
「あー、なるほどー」
母親の説明に綾音は納得して頷いた。
和基は海外や旅行にでかける予定がある友人がいただろうかと思い出してみるが、そんなことを言っていた人物に心当たりはない。
「まぁ、とりあえず開けてみるわ」
誰からかはわからないが、それは中身を見ればわかるだろう。和基はそう思って手紙の箋に手をかけた。
「私も見たい!」
綾音が飛びつくように手紙に近寄る。しかし母親に止められた。
「こら、だめよ。もし万が一ラブレターだったとしたら、せっかく頑張って書いたのを他人に見られるのは恥ずかしいでしょう」
「えー」
不満気な声をあげる綾音だったが、和基もそれもそうだと納得して、自室で手紙を開けることにした。
市元和基さま、と宛名だけが書かれたシンプルな白い封筒を開くと、中に二つ折りにされた紙が入っていた。
和基はゆっくりとそれを開く。
「えーっと、なになに? 拝啓、市元和基さま。私は――」
拝啓、市元和基さま。
私は貴方さまのご友人が不思議な力を持った目を持っていることを存じ上げております。そして、その力のせいで孤立していることも。
信じられないかと思いますが、私にはその不思議な力を封印することができるのです。
ですので私は普段から貴方さまのご友人のように、欲しくもない力を持ってしまった方にお力添えをさせていただいております。
もしその力が不要と感じているのであれば、ご連絡いただけたら私にできる限りの協力をさせていただこうと思っております。敬具。
「……」
手紙を読み終わった和基は訝し気な表情でベッドの縁に腰掛けた。
白石という名に心当たりはない。知らない人物からの手紙。
しかしこの手紙の内容で触れられているご友人というのは透のことだということはすぐに理解できた。
手紙の裏、封筒の中と、隅々を見てみるがそれ以外の情報はない。
「どうして透の目のことを知ってるんだ?」
そう疑問に思い、首を傾げる。
透は小学生低学年の頃までは化け物が見えると公言していた。しかし、和基と連むようになってからはそういう話は自らしないようにしていたはずだ。
「ねぇ、お兄! 初詣行こう!」
「え? あ、ああ。わかった」
いったいどこで透の化け物が見える目のことを知ったのか考えていると、一階から綾音が呼ぶ声が聞こえた。疑問は残るものの、手紙だけではこれ以上の情報を見つけることはできないと判断した和基は、手紙を机の上に置くと綾音の元へ向かった。
「ね、さっきの手紙、結局なんだったの? 本当にラブレターだった?」
家を出て、自宅から一番近い場所にある神社への道を歩く綾音は興味津々、といった態度で隣を歩く和基に問いかけた。
目をきらきらと輝かせているあたり、恋バナが好きなお年頃なのだと思うと少し微笑ましい。
「いや、なんか違ったわ」
「え? そうなの? じゃあなんだったの?」
「わからん」
透の目のことを綾音は知らない。妹に友人を気味悪がってほしくなくて、和基は手紙の内容を伝えるのはやめておくことにした。
「そっかー」
綾音はラブレターではなかったと知って肩を落とした。
ラブレターではないあの手紙に興味はなくしてしまったようだ。和基から顔を逸らし、神社のある方角に視線を向けていた。
「あれ? ねぇ、お兄、あれって透くんじゃない?」
「え? ああ、ほんとだ」
綾音が指さした先には透がいた。コートを着てマフラーを巻いている。周囲に人がいるが歩く速度が違うあたり、どうやらたまたま同じく初詣にきた人たちのようで、透の友人や両親というわけではなさそうだ。
「とおるー!」
「透くーん!」
市元兄妹は透に向かって声をかけて手を振る。すると透もその声に気づき、頬を緩めると和基たちの元へ駆け寄ってきた。
「おはよ。和基たちも初詣?」
「はよ。そう、両親はべつだけど」
「おはようございます! お父さんとお母さんはちょっと買い物に行ったからお兄と二人で初詣に行こうとしてたんです」
「そうなんですか。俺もたまには初詣に行こうかなって思ってここまできてて」
「なら透くんも一緒に行きましょうよ! ね、いいよね、お兄?」
「ああ。もちろん」
綾音の提案に和基は快く頷く。
「透くんはお父さんとお母さんと一緒じゃないんですか?」
「っ、俺の親は……その」
「綾音、あっちで甘酒配ってるみたいだぞ。あとで行こうか」
「えっ、うん」
気まずそうに透が顔を伏せたのをみて、和基は境内を指さした。そこには巫女が参拝客たちに甘酒を配っている姿があった。
綾音は首を傾げながらも頷いた。
「ごめんな、綾音も悪気はないんだ」
和基は小声で一言謝ると透は微笑んだ。
「わかってるよ。和基の妹さんだもんね。いい子なんだと思うよ」
「ああ。綾音はいい子だぞ。ただちょっと、その、透の家庭のことは知らないから」
「いいんだ。うちの家庭関係が壊滅的だなんて、知っても全然楽しくないことだろうしね。できるなら、このまま知らないでいて欲しいな」
透の家庭環境は実に冷めたものだ。必要以上の会話をすることはなく、透の両親たちは透を気味悪がって実の息子だというのに近づこうとしない。そんな関係なのだから、当然だが初詣を一緒に行ったりするはずがない。
「俺から綾音に言うつもりはないよ」
「ありがとう。和基は今年も優しいね」
「なに恥ずいこと言ってんだよ……と、忘れてた。透、あけましておめでとう」
「ああ、うん。あけましておめでとう」
新年の挨拶がまだだったことを思い出した和基は頭を下げた。透も同じように頭を下げて、新年の挨拶をした。
「お兄? 透くん? まだー?」
「あっ、悪い、すぐ行く」
二人がひそひそと話していたのを待つのが退屈だったのか、綾音は一足先に境内に入っていた。和基たちは慌てて顔を上げると綾音のあとを追った。
和基たちと同じく初詣に来た人たちでごった返す参道を抜け、拝殿に並ぶ参拝者たちの列の最後尾に並んだ。やはり元旦ということもあって人が多い。
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