第26話


 ◇◇◇


「これはこれは、こんな楽しそうなお祭り騒ぎに紛れてなんてことでしょうか」


 学校の敷地内にやってきた変態研究者は化け物の遺体を見てため息をついた。

 いつもなら遺体の回収にハイテンションでやってくるのだが、どうも今日は気分がすぐれないようだ。子供たちが楽しく遊んでいるそばで化け物が出たのはさすがに人として喜べないことらしい。


「いいからさっさと遺体これを片付けろ」

「はい、もちろん。きちんと持ち帰って調べさせてもらいますとも。ああ、今度こそ彼らについてなにかわかればいいんですけどねぇ」

「化け物の遺体が腐るのはたった数日、だったか」

「はい。なのでゆっくり検死できないんですよ。死んだら急速に腐っていってしまうので」


 これだけ化け物の研究に熱心な研究者がいるのに、化け物の正体について詳しくわからないのは、化け物の遺体が腐るスピードにも問題があった。

 化け物は死後、すぐに腐り始めて数日もすれば原型がわからなくなるほどドロドロの形状になってしまう。なので調べられる時間が限られているのだ。


「いやぁ、にしてもこの学校はなんだか気持ち悪いですね」

「あん? なんだ、急に」


 遺体の回収が終わった変態研究者はちらりと校舎を見上げると急にそんなことを言い出した。紅李は眉を顰める。


「いえ、なんだか不気味な予感がします。まぁ、私の予感は当たらないことで有名ですけど」

「はっ、そうかよ」


 変態の言葉を鼻で笑った紅李だったが、正直な話、紅李も同じ意見だった。

 この学校に悪霊が集まっている、とか化け物がいっぱいいる、とかではないが、それもでどこか不気味な雰囲気を漂わせていた。

 具体的にどんな、と言われると返事に困ってしまうが。


「まぁ、これだけ人が集まってるんだから、学校じゃなくてここに集まった人が不気味に感じるだけかもしれないがな」

「ああ、それもそうですね」


 文化祭で一般人を招き入れているこの学校には、人間とともに、化け物も入り込んでしまっている。

 人を襲う化け物が人の多い場所に集まる。なにも不思議なことではない。


 変態が遺体を回収して帰って行くと、そのあとはいつもの業者を呼び、血を落とさせた。さすがはプロといったところか。誰かに気が付かれるよりはやく、化け物がいたというすべての痕跡を消し去った。


「はぁ、ガキを守るためとはいえ発泡しちまったから反省書を書かされるかもな……ちっ、煙草」


 紅李は煙草を吸おうと箱を取り出したところで手を止める。


「はぁ、校内は禁煙、だよな」


 紅李はもう一度深いため息をつくと、校内に化け物が出たことなど微塵も知らずに騒いでいる人々の隙間をぬって高校の敷地内から出ていった。


 ◇◇◇


 和基はベッドに横になった。

 すでに夕食もすまし、風呂にも入ってあとは寝るだけだ。

 しかし和基はなかなか寝付けずにいた。それはやはり昼間の化け物に遭遇したことでいろいろと考え事をしてしまっているからだ。

 家に帰って透からもらったぬいぐるみを綾音に渡したとき、綾音は嬉しそうな顔をして笑った。和基もそれをみて嬉しくなったが、どうしてもずっと心にもやがかかったように気分が晴れなかった。

 食事中もふとしたときに透と化け物のことを思い出してしまい、箸がなかなか進まず綾音に心配をかけてしまった。

 透が今日体調を崩したのは人が多かったから、そしてなにより化け物が集まっていたから。


 もし、もし透に化け物が見える目がなければ、きっと今日の文化祭を普通に楽しめていたことだろう。

 いや、そもそもクラスから孤立することも、両親から不気味がられ、一人きりになることはなかったはずだ。


「あの目さえなければ透は俺たちみたいに普通に暮らせてたのに……」


 そう思うとなんだか悔しかった。そして、透を孤独にしたあの目を心底恨めしく思いながら、和基は瞼を閉じた。

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