第25話
「よお、近くまできたからついでにちょっと様子を見にきてみりゃあ、随分と弱ってるじゃねえか」
「東雲さん! 実は、透が人酔いしたみたいで」
「人酔い、ねぇ」
こちらに向かって歩いてきたのは東雲だった。
和基は東雲に透の状態を伝えると東雲は少し考え込んだ表情を見せたが、すぐにしゃがみ込んだ。
「ちょっとおぶるぞ」
「すみ、ません……」
東雲は具合が悪い透を背中におぶり、校舎のはずれの方まで移動する。和基もそのあとを追った。
透を建物の陰に入れ、横にする。和基は途中の自動販売機で買ってきた水を透に手渡した。
「ごめん、ありがとう」
「おう、気にすんな」
透は一口水を飲むと、また横になった。
「これって保健室に連れていかなくて大丈夫なんですか?」
「本人が大丈夫って言ったなら大丈夫だろ」
「人酔いって、俺はどんな感じか体験したことないんでわかんないんですけど、すごいつらそうっすね」
「まぁ、瑠璃川の場合は気分が悪くなったのは人酔いだけじゃなくて化け物のせいでもあるだろうな」
「えっ」
東雲の口から予想外の単語が出てきて和基は困惑する。化け物のせい、とは透の体調が悪くなったのと、どのように関係があるのだろうか。
「化け物のせいって?」
「人がこんだけ流れ込んできてんだ。その中に化け物が混じってたって大体のやつは気がつかないだろうな。まぁ、俺や瑠璃川は化け物が見えるから余計気持ち悪くなりやすいんだろ」
「東雲さんは大丈夫なんですか?」
「まぁ、俺は仕事上化け物の姿は散々見てきたし、慣れてんだよ」
「俺も生まれつき見てみてはいるんですけどね……」
「それでも、気持ち悪くなるもんはしかたがねぇよ。おとなしく横になっとけ」
「なってます」
透は弱々しい声だが、しっかりと東雲の言葉に言い返した。
「あの、聞いてもいいですか?」
「だめだ」
「えっ」
「嘘だよ。なんだ、何が聞きたいんだ? 俺が答えられる範囲なら教えてやるよ」
「俺は……化け物について知りたいです。どうして透や東雲さんみたいに一部の人間にしか見えないのか。どうしてあのとき、俺にも化け物の姿が見えたのか。普段は見えないのに」
化け物関連の事件を捜査している東雲は、和基や透よりはるかに化け物について詳しいだろう。化け物の正体はいったいなんなのか。そして、普段は化け物の姿が見えないはずの和基がなぜ、茉優に擬態した化け物の姿を見ることができたのか。
ちょうどいい機会だと思って和基は東雲に尋ねてみることにした。
「ああ、それはべつに珍しいことではねぇよ。普段は化け物が見えなくても、化け物に襲われたそのときだけは、化け物の姿をはっきり見た、っていう人間は少なくねぇ」
「そうなんですか?」
「ああ。まぁ、大体の人間はあんな記憶ははやく忘れたいっていって誰にも言いふらしたりしないがな」
「ああ……変に騒ぎ立てても頭のおかしいやつだって思われるのが関の山ですよね」
和基たちが茉優の死の真相を周囲に話さないのも同じような理由だ。化け物に襲われた人たちに気持ちは容易に想像できる。
「そういうことだ。あと、一つ目の質問だが、どうして俺や瑠璃川に化け物が見えるのかっていうのは、俺にもまったくわからん。たぶん、今のところ誰もわからない」
「そう、なんですか」
「世の中には化け物が見える体質の人間がいる。わかってるのはそこまで。どの人間が、どうして、どのようにして化け物が見える目を持つのかまではわからん」
「遺伝ってわけでもなさそうですしね。俺の親戚には化け物が見える人間は一人もいなかった」
透は横になったまま、和基と東雲の会話に参加した。
「俺なんて元々は化け物なんて見えなかったからな。それなのに急に見えるようになった。まあ、急にっていうか、事故に遭った後ではあるんだが」
「化け物の正体的なのは?」
「詳しくはわからない。化け物に関してはいろんな考えを持つ者がいて、中には化け物は少し見た目と趣向が人間と違うだけの人類。そう捉えている学者もいる」
「すこ、し? あれで?」
和基は信じられない、と顔を歪めた。
どこをどう見ても、あれは人ではないだろう。なにより初めて会ったあのとき、直感でこれは人ではない、危険な生き物なのだと脳が自然とそう解釈したのだ。
「お前の気持ちはわかる。ただあんな化け物どもを研究してる人間なんてどこかいかれたやつらなんだよ。だから化け物も我々と同じ人類、いや人類より新しい新人類なのでは、とか真面目な顔でぬかしやがる」
「化け物は人を殺すのに?」
「人間だって人を殺す。だからそいつらによると人に害をなす化け物であろうとも、知力がある限り人間に部類される、だとよ」
「そういう考えもある、のか?」
顔色が回復しつつある透は納得できずに首を傾げた。和基も理解不能と言わんばかりに納得できない表情を浮かべた。
「他にも他国で開発された新世代の兵器、とか言ってるやつもいるな」
「陰謀めいてるー」
「はっ、これは俺も馬鹿げてる話だと思う」
東雲は自身で言い出したことなのに鼻で笑った。お偉い学者様の考えることはわからねぇと首をくすめている。
「あとは……ああ、どこかの国のおじいさんが死んじまったかわいい自分の孫を甦らそうと死者蘇生の研究をしていて、あいつら化け物はその副産物だとか」
「ふっ、はは。なにそれ」
「なんだ、瑠璃川ってそんなふうに笑えるんだな」
横になったままくすくすと笑った透に東雲は少し意外そうな顔をした。
「俺をどんな人間だと思ってるんですか。おかしなことを言われたら普通に笑いますよ」
透は少し不服そうに言い返す。
「他は幽霊説とかだな。化け物は人を襲う。だから人類に恨みを持っている怨念や飢餓で亡くなった子供の霊が化け物に変化したとか」
「本当のところは誰もわからないんですね」
「ああ。化け物はしゃべらない、と言うか会話が成り立たないからな。人に化けているときなら会話もできるんだろうが……わざわざ人に化けているやつに話を聞いたところで、素直に話してくれるわけがない」
「それもそう、ですね」
和基は気になっていたことを東雲に聞けた。会話がひと段落し、透の顔色が回復した頃、急に近くでメキリと音がした。なんだと三人が音のした方を向くと、和基たちが腰を下ろしている建物の陰に向かって、気が倒れてきていた。
「あぶねぇ!」
「ぐぇ!」
「うっ!」
とっさのところを東雲が、和基と透の襟を引っ張り横に避けた。
「んぎぎ」
「えっ? なに? なんか変な音が聞こえる」
「ッ! 市元、横に飛べ!」
「え?」
和基は東雲の言葉の真意がわからなかったが、あまりにも真剣な表情で叫んでいたのでとっさに右横にステップを踏んだ。すると先程まで和基がいた場所のコンクリートにヒビが入った。
「待って、まさか」
「動くな!」
姿の見えないものからの攻撃。もしかしてここに化け物がいるんじゃないかと察した和基がそれを尋ねようとしたが、東雲の大声にかき消される。
東雲はどこにしまっていたのか、拳銃を構えてなにもない場所に向けていた。
和基と透は東雲の言う通りに動かない。するとパンッと乾いた音がなった。
「ぎっ」
化け物らしき生き物の悲鳴が聞こえたと思うと、透と和基の間の校舎の壁に真っ黒な血飛沫が飛んでいた。そしてその血を流した化け物の姿が和基の目に映り出す。
「うおっ」
「はぁ、ここが文化祭会場でよかった」
拳銃を上着にしまった東雲はため息をついた。
銃声が鳴ったというのに、人混みから離れているからか、騒ぎになっている様子はない。遠くからぎゃあぎゃあと浮かれた人々の歓声が聞こえてくるだけだ。
「え、なんで化け物が俺にも見えんの?」
「化け物は死ぬと誰にでもにえるようになるんだよ。だから変に目撃者が出る前に早いとこ、この遺体を回収しないとな。めんどくせぇ騒ぎになる前に」
そう言うと東雲は和基たちと少し距離をとったところでどこかに電話をかけ始めた。
「これって、死んでるんだよな?」
「そうみたい」
和基はピクリとも動かない化け物の死体に近づく。
茉優のときとは違い、この化け物は全長百センチほどの小柄な化け物だった。灰色の肌から真っ黒な血が滴り落ちている。
「和基、まんまり近づくと臭いがうつるよ」
周囲には魚の腐敗臭のような臭いが漂っている。たしかに、と和基は頷いて化け物のそばを離れた。
「お前らはもう戻れ。あとは俺が片付けておく」
「わかりました。でも、片付けるってどうやって?」
「化け物の死体を回収してる変態……研究者がいるんだよ。そいつに死体を回収させて、血は馴染みの業者に消させる。あとは報告書の作成」
「そうなんですか」
「お疲れ様です。あと、和基のことを守ってくれてありがとうございました」
「ああ……俺は透や東雲さんと違って化け物の姿が見えないもんな……迷惑かけました」
「べつにかまわねぇよ。いちおう、市民を守んのが警察の仕事だからな」
和基と透が頭を下げて礼を言うと、東雲はそっぽを向いてがしがしと頭をかいた。
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