第24話

「へぇ、透くんは紅茶が好きなんですね!」

「ああ、はい。まぁ」


 人懐っこく笑う綾音に透は少し気まずそうに返事した。


「前から思ってたんですけど、べつに私に敬語を使わなくてもいいんですよ? 私の方が年下だし」

「俺は……その、これでいいというか。いくら和基の妹さんでもそこまで急に距離を詰められないというか」

「透って結構シャイだよな」

「シャイ……っていうの? 俺みたいなのって」

「たぶん」


 首を傾げる透に、和基は頷いた。


「まぁ、透くんがそれでいいなら私もこのままでもいいですけど」


 綾音がそう言うと話題が終わる。透も綾音も悪い子ではないのだが、いかんせん透が人見知りを発揮しているため、少しの静寂が流れた。


「お待たせしましたー」


 タイミングよくクラスメイトが段ボールで作ったお盆に乗せて和基たちの飲み物とお菓子を持ってくた。もちろんお盆もお化け屋敷をイメージして色を塗ってある。


「わ、かわいい!」


 綾音と和基が頼んだクッキーは百円ショップで買ったおばけのイラストが描かれた紙皿の上に載せられている。かわいいものが好きな綾音は喜んでくれているようだ。


「三人まとめて三百五十円です」

「はーい」


 飲み物などを置いたクラスメイトは値段を言った。和基が財布を取り出し支払う。金額がぴったりなのを確認してクラスメイトは奥に戻っていった。


「お兄!」

「和基」

「な、なんだよ」


 急に綾音と透に見つめられ、和基はたじろいだ。


「俺は自分の分くらい払うよ」

「私だって自分で払うのに!」

「ええ……いいだろ、べつにこれくらい。たいした額でもないんだしさ」


 和基の言葉に透と綾音は納得していないようだ。ムスッとしている。


「じゃあ、代わりにあとでなにか奢らせて」

「私も」

「えっ、いやいいって」

「奢る」

「なにか買って帰るから」

「……わかったよ。じゃあ、頼むわ」


 和基は遠慮していたものの、二人とも引くつもりはないらしい。和基は諦めておとなしく奢られることにした。


「これ、クッキー美味しいね」

「市販のだけど……まぁ、文化祭に来て食べてるから普段より美味しく感じるのかもな」

「そうなのかも」


 さくさくと綾音は美味しそうにクッキーを食べていた。


「んん? あれなに? かわいい」


 綾音が指さしたのは客と商品を提供する生徒たちの間に置かれた一枚の絵だ。白いシーツを被ったおばけが真っ黒なキャンバスの真ん中に大きく描かれ、その周囲に血飛沫をイメージした赤いインクが飛んでいる。


「ああ、これはうちのクラスの美術部の子が描いた作品だよ」

「わあ、これ誰かが描いたやつなんだ! すごいね、かわいい!」

「綾音がそう言ってたって伝えるよ。きっと喜ぶ」

「うん! かわいくて私は好き!」


 綾音は楽しそうに和基のクラスの出し物を楽しんでくれた。和基も初めて妹と一緒に文化祭に遊べて嬉しいと思った。


「ふぁ、ごめーん。私、お菓子食べたら眠くなっていたかも」

「まだまだ出し物はあるんだけど」

「うう、ちょっと無理そう。私も部活で疲れた体を引きずって……とまではいかないけど、人も多いし無駄に疲れちゃって」

「そうか、なら無理はしないほうがいいな」

「ほんとはもっといろいろ見てみたかったんだけど。まぁ、お兄の喫茶店にこれたからいいや」

「帰るとき、途中で寝たりしないよう気をつけろよ」

「気をつけて帰ってくださいね」

「はい!」


 疲労した体であくびを噛み殺す綾音を、和基たちは校門前まで見送った。

 手を振って信号を渡る綾音に手を振り返し、その姿が見えなくなると、和基たちは校内に戻った。


「あっ、しまった。どうせならあのぬいぐるみ渡せばよかったか」

「綾音さん、眠そうにしてたし家に帰ってから和基が渡してあげたらいいんじゃない?」

「あれ持って移動するの結構恥ずいんだけどな」


 和基は苦笑した。クイズの景品でもらったクマのぬいぐるみは高さ五十センチはある大きめサイズだ。

 もちろん鞄に収まりきらないので手に持って帰ることになるが、帰宅時にあのクマのぬいぐるみをもって移動するのは少しばかり羞恥心を覚える。


「んーまぁ、綾音は帰っちまったし、べつのところ回るか! ほら、行ってないところまだまだあるし!」

「そうだね。俺はどこでもいいよ。和基の好きなところに行こう」

「いいのか? じゃあ……」


 うきうきと浮かれ気分でパンフレットを覗き込んだ和基だったが、不意に顔を上げる。


「うん? どうかした?」

「いや……」


 透はにこりと笑った。しかしその顔色はいつもより悪い。また人酔いしたのだろうか。


「ちょっと休憩にするか」

「え? でもはやくしないと文化祭終わっちゃうよ?」

「いやでも透の顔色悪そうだし」

「そっ、それは……気づかれちゃったか」


 和基の言葉に透はバツの悪そうな表情を浮かべた。申し訳なさそうに苦笑している。


「人酔いした?」

「まぁ……うん。そんなところ。ごめんね」

「いや、俺はいいけど。どうする? 保健室行く?」

「いや、いいよ。そこまでじゃ、ないから」


 和基の提案を断った透だったが、こうして話している間にもどんどんと顔色が悪くなっていく。やがて立っていられなくなったのか、力なくその場にしゃがみ込んでしまった。


「と、透? 大丈夫か? やっぱり保健室に行こうぜ」

「大丈夫……ちょっと休めば治る、から」


 大丈夫と言うが、透の顔色は一向に良くならない。

 残念ながら、和基はこういう状態に陥ったときの正しい対応を理解していなかった。どうすればいいのか困っていると声をかけられる。

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