第23話

 昼食を取り終わり、遠巻きにステージを見ていた和基のスマホに通知音が鳴った。スマホを取り出すと綾音からメッセージが届いていた。


「どうしたの?」

「あっ、いや、綾音が学校ついたって」

「そっか。じゃあ校門まで迎えに行ってあげようか」

「そうだな。これだけ人が多いとすれ違ったら大変だ」


 和基たちは席を立つと校門へと向かう。

 校門近くにつくと受付でパンスレットを受け取っている綾音を見つけた。


「お兄! 迎えにきてくれたの?」


 綾音は和基の存在に気がつくと嬉しそうに駆け寄ってきた。


「ああ。迷子になられたら困るしな」

「迷子って、そんな歳じゃないですー!」


 くすりと笑う和基の言葉に綾音は口を尖らせた。


「一人できたのか?」

「うん、お母さんたちはやっぱり仕事があって無理って」

「いやいや、母さんじゃなくて同級生の子とか誘わなかったのか?」


 てっきり友人を連れて遊びにくるのだろうと思っていた和基は一人できた様子の綾音を見て首を傾げた。


「いや、いいよぉ。大勢できたらうるさずぎてちょっとめんどくさいし。それにみんな、部活終わりで疲れてるだろうしね」

「へぇ、綾音さんは部活に入っているんですね」

「うん、テニス部に入ってます!」

「生意気に強いんだよなー」

「なによ、生意気にって!」

「あはは、和基と同じで運動が得意なんだ」

「そうそう、綾音はアウトドア派だから」

「俺とは真逆だな」


 仲睦まじい様子の市元兄妹を見て透は笑顔を浮かべた。


「それでそれで? お兄のクラスではなにしてるの?」

「喫茶店」

「ええ、おっしゃれー! 案内してー!」

「ええべつにいいけど……でもなぁ」


 和基はちらりと透の方を見た。


「俺はいいよ。せっかくだし、兄妹水入らずで遊んできなよ」

「えっ? いや、私は透くんも一緒にって思ってたんだけど……」

「え、そう、なの? そっか、じゃあ、俺もついていこうかな」

「うん! せっかくだからみんなで行こう!」


 和基のクラスの出し物に興味を示した綾音を連れて、和基は自身の教室へと向かった。

 もし人手が足りなくなったらヘルプで来て欲しいと頼まれていたが、そんな連絡は来なかったので最初に計画した人数でうまく客を捌けているのだろう。

 ずっとべつの場所を回っていたので和基も自分の教室に行くのは文化祭二日目はこれが初めてだ。


「へぇ、ここが普段お兄が勉強してる教室! ……お化け屋敷喫茶って書いてあるんだけど?」


 和基の教室についた綾音は嬉しそうに声を上げたが、お化け屋敷の文字を見て眉を顰めた。


「ああ、出し物の案出しのときにお化け屋敷をしたいっていう声もあったから喫茶店とミックスしたんだ」

「私、お化けとか苦手なんだけど」

「大丈夫だと思いますよ。お化け屋敷と言っても全体的にポップなテイストに仕上げてあるから、子供連れでも普通に入れると思います」

「ああ。怖くなりすぎず、怖くなくなら過ぎずの調整が大変だったからな」

「えー、楽しみ!」


 お化け屋敷という文字に警戒を抱いた綾音だったが、和基たちの解説を聞くと嬉しそうに教室に入っていった。和基たちもあとを追って一緒に入る。


「いらっしゃいませー。ってあれ、和基じゃん。なんでここにいんの?」

「妹の付き添い」

「えっ、なになに? その子、市元くんの妹さん? やだ、かわいい!」

「あっ、えっ」


 普通に教室に入ったのだが、綾音が和基の妹だと知るとクラスメイトたちが近寄って綾音に声をかけた。予想外の展開に綾音は戸惑っている。


「ねぇ、ね。彼氏いる? もしいないんなら、俺とかどう?」

「おいこら。俺の妹をナンパするな」


 綾音の彼氏に立候補した男子生徒を押し退けると、接客を担当する女子生徒が間に割り込んできた。


「さぁさ、こいつは放っておいていいからね。どうぞどうぞ、こちらの席へー。三名さまご案内!」


 女子生徒の案内で窓際の席に通される。

 この席は普段和基たちが使っている机を四つにまとめ、上から布を敷いているだけの簡易的な机だ。しかし白い布の端に赤い絵の具をところどころに塗ったことで、少し不気味さを醸し出している。


「すごい、これくらいなら私も怖くないかも」

「ほら、あの窓にある手形、和基が手形をつけたやつなんですよ」


 教室内を見渡す綾音に透は窓ガラスを指さした。

 そこには和基たちが作った手形と血飛沫が描かれた画用紙が段ボールにはられ、窓の光を遮っている。明かりが教室の照明だけなのも不気味さを出している。


「そうなんですか! これがお兄の手形!」

「いやいや、手形以外の血飛沫とかは透が描いたやつじゃん。俺一人の作品じゃないって」

「へぇ、透くんとの共作ってやつなんだ」

「そうだよ。二日前に急ピッチで作り直したんだよなー」

「作り直した?」

「あっ、いや、なんでもない」


 クラスメイト全員で協力してせっかく作った壁飾りは化け物の手によって壊されてしまった。なのであのあと、部活ない組たちで急いで作り直したのだ。

 しかしそれを綾音に伝える必要性を感じなかったので、和基は首を横に振った。


「ご注文はお決まりでしょうか? はやく決めないと在庫のお菓子をすべておばけに食べられてしまいますよ?」

「おばけに⁉︎」

「まぁ、お化け屋敷喫茶だからな」


 子供騙しのようなセリフだったが、綾音は素直に驚いていた。もしかしたら綾音はおばけの類いを信じているのかもしれない。

 純粋な妹の反応に和基が苦笑しているとクラスメイトが口を尖らせた。


「ちょっと、せっかくそれっぽく対応してるのに、水差さないでもらえます?」

「あっ、すんません」


 クラスメイトにジトッと睨まれて和基は静かにしておこうと口を閉ざした。


「えっと、じゃあ……オレンジジュースとクッキーください」

「俺はミルクティーで」

「俺は……綾音と同じので」

「はい、かしこまりましたー」


 決して種類が多いわけではないが、クラスメイトたちが必死になってコスパを考えたお菓子やジュースの書かれたメニュー表に目を通すと綾音はオレンジジュースとクッキーを注文した。

 透はメニュー表に目を通すこともなくミルクティーだけを頼み、和基は昼食は食べたから適当でいいかと綾音と同じものを頼んだ。

 注文をとったクラスメイトは仕切りの向こう側に歩いていった。


「お兄は紅茶もコーヒーも飲めないもんね」

「飲めないことはない。けど好きじゃないんだよなー」

「俺は紅茶とか結構好きだけど」

「透は……うん、なんかそんな感じする」

「どういうこと?」


 和基は透をみて頷いた。たしかにコーヒーより紅茶が似合う容姿をしていると思ったからだ。

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