第21話
「ね、ね、もっとこっちでやってみてよ」
和基に縄を渡した先輩のクラスメイトは和基の裾を引っ張った。指さした先は投げる位置を示したガムテープが貼られた位置よりだいぶ後ろの、教室の入り口付近だった。
「おお、そこから投げたらスリーポイント決めたも同然だわ」
「マジっすか」
「おう、女子にモテるかもよ」
「うっし、やります」
先輩に乗せられて、簡単に和基は提案に乗った。その姿を苦笑しながらも、それでも楽しそうに透は見つめていた。
「市元和基、輪投げ版スリーポイント決めます!」
気合いじゅうぶんに放たれた縄はきれいな放射線を描いて、真ん中の棒にカラカラとかかった。
「うおお!」
「すっごい!」
「有言実行じゃねえか! やるな、和基! 見直したわ!」
最後の投球ということで静かに見守っていた生徒たちだったが、和基が最後の縄を真ん中の棒に引っ掛けた途端に歓声を上げて騒ぎ出した。
和基は近寄ってきた部活の先輩とハイタッチを交わす。
「はい、これ。約束のやつな」
「あざます!」
見事宣言通りにすべての縄を真ん中の棒に引っ掛けることに成功した和基に、先輩は景品の駄菓子詰め合わせを手渡した。和基は喜んでそれを受け取る。
「すごいね、和基」
「おう! 正直、マジでできるとは思わなかったわ」
いまだ興奮冷めやらぬ和基は笑顔を浮かべながら透の賞賛に答えた。
「そういえば和基は昔から本番に強いタイプだったもんね」
「先輩たちに褒められて、順番待ちしてた子供たちにもヒーロー扱いされてさー。ちょっと調子乗りそう」
「もうじゅうぶんに乗ってるよ」
透はくすくす笑いながら和基を見た。無事駄菓子の詰め合わせを手に入れた和基の手には、駄菓子以外にもたくさんの物が握られている。
輪投げを成功させた勢いのまま行ったスーパーボール掬いでとったスーパーボールに、外で売っていた唐揚げ棒、三年生の生徒とのクイズ勝負で勝利を収めて受け取った景品のでかい熊のぬいぐるみ。ちなみにクイズ勝負はふたりで参加可能だったため、透とエントリーした。勝てたのは和基ではなく透のおかげである。
「でもいいのか? このぬいぐるみ、透がもらうべきだろ?」
ぬいぐるみを手に入れることができたのは透のおかげ。ならば本来は一番の立役者の透がぬいぐるみを持って帰るのが当然のことだろう。しかし透は首を横に振った。
「いいよ。俺の趣味ではないし。妹さんにでもあげて」
「うーん、綾音はこういうの好きだから喜ぶだろうけど……勝てたの透のおかげだしなぁ」
「いいんだよ。だって和基に誘われなかったら、俺は誰かとクイズ勝負なんてしようと思わなかったんだから。だから和基がもらって、かわいがってくれる人にプレゼントすればいいよ」
「ん、まぁ、透がそこまでいうなら素直に受け取っておくか。あっ、でも代わりになにか奢らせてくれよ! もう昼飯の時間だろ?」
校内のいろいろな出し物を見て回っていると、時刻は正午を過ぎた頃になっていた。通りで先ほどからお腹が空くわけだ。
「それはそうだけど……べつにいいよ。自分の分くらい自分で買うから」
「頼むって、ぬいぐるみのお礼。俺に払わせて」
「……わかった。じゃあ、俺も素直に和基の好意に甘えさせてもらおうかな」
透はふわりと微笑んだ。途端に背後から女の子たちのキャーという黄色い悲鳴が聞こえた。
「そうだった、透はイケメンなんだった……」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
人が集まったことで改めて自身の友人の顔の良さに気がつき、和基は苦笑した。
「ふぅん。なんでもないならべつにいいけど。購買行こうか」
「せっかく文化祭なのに、たくさんの出店出てるのに購買のでいいの?」
「俺はこれでいいよ。というかこれがいいの」
そう言って購買部につくと透はパンを手に取った。
普段なら昼休みに入るとすぐに売り切れる商品も残っているようだった。やはりみんな、文化祭中は購買で買うよりそれぞれが出す飲食系の出し物で昼食を取っているようだ。
「ああ、そういえば透はそのパンよく食ってるよな。好きなの?」
「うん。中がふわふわで美味しいんだ。和基も一つ食べる?」
「いや、いい。俺は焼きそば食べるから」
「そっか。美味しいのに残念」
透はパンをふたつ選ぶとレジに向かう。約束通り和基が代金を支払った。
「どこで食べようか?」
「そうだなー。どっか空いてるところないかな」
和基は周囲を見渡す。そこらじゅうにある簡易的な椅子でできた休憩スペースはどこも人で溢れていた。みんな思い思いのものを買って、椅子に座って食べているようだ。
和基は手に持っていた荷物を文化祭の間だけ、物置として利用していいと言われているバスケ部の部室に置いてグラウンドに移動する。
手に持っているのは最初の方に買った焼きそばと財布とスマホ。透の持ち物も似たようなものだった。
「おっ、あこ空いてる。あそこで食べようぜ」
「うん、いいよ」
グラウンドに設置されたステージが遠くに見える位置に申し訳程度に置かれていた椅子に腰掛けて、有志たちが頑張って踊りを披露するのを遠目に和基は焼きそばを食べ始めた。その隣で透もパンにかじりつく。
「和基はなにかステージの出し物に参加しなくてよかったの? なんか三年生の人に誘われてたじゃん」
「ああ、バスケ部の先輩な。誘われはしたけど俺は二日目は透と回る約束してたしさ」
「大丈夫? 本当は出たかった、とかない?」
透は心配そうに和基を見つめた。
「いや、出たくなかったから大丈夫だ」
「本当に? ……俺、たまに思うんだよ。俺は和基の楽しい学校生活を邪魔してるんじゃないかって。ほら、俺って嫌われてるし」
「嫌われてるっていうのはちょっと違うと思うけど……まぁ、透が心配することはねえよ。俺だって好きで透とつるんでるんだから」
「俺のこと口説いてる?」
「口説いてねえよ」
素直な気持ちを伝えた和基だったが、透に茶化されて、互いの顔を見合わせるとくすくすと笑った。
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