第20話

 和基の通う全校生徒四百名弱の高校には、その人数を大幅に上回る数の人が押し寄せていた。

 理由は昨日と今日の二日間に渡って開催される文化祭目当ての一般客だ。

 普段は一般人の立ち入りは禁止されているが、文化祭のときだけは一般の人を招いて盛大にお祭り騒ぎになる。

 この高校は和基たちの家からそう遠くないので、和基たちも中学生のときにこの学校の文化祭に客として遊びにきたことがある。


 昨日の生徒だけで行われる文化祭一日目の接客を担当した和基と透は今日は自由行動していいことになっている。

 和基と透は並んで人でごった返す校内を見て回っていた。


「おっ、こっちに焼きそば売ってるクラスがあるぞ!」

「自分で作ったものを売ってるってことは三年生だね」

「透はまだ腹減ってない? 俺は人がこれ以上増える昼前に買っておこうと思うんだけど」

「俺はいいよ。和基だけ買っておいで」

「そうするわ」


 和基は焼きそばを買うために数人の列に並んだ。もう一時間もすれば正午になる。そうなれば一般客や生徒はこういう飲食系の出し物を出しているクラスに殺到することだろう。

 和基は一人前の焼きそばを買って透の元に戻った。


「こういう祭り! みたいなところで売ってる焼きそば好きなんだよなー」

「鉄板で焼いてるから?」

「それもあるかもしれないけど、なんかこう……思い出補正がかかるというか?」


 祭りや文化祭に修学旅行。日常とは少し違う非日常。そういうところで食べるご飯はなぜかいつもより美味しく感じるものだ。和基は満足そうに先程買った焼きそばのパックを見つめた。


「じゃあ、来年の夏休みに隣町の夏祭りでも遊びに行く?」

「おっ、いいのか? 透、いつもなら人混みは苦手だって言って、あんまり人の多いところには遊びに行きたがらないのに」

「それは……まぁ、俺は人……多いの苦手だし。でも和基とならたまには遊びに行こうかなって」

「いいじゃん。一緒に行こうぜ! 約束な!」

「うん、約束ね」


 珍しく透から遊びの誘いを受け、和基が満面の笑みを浮かべるとそれにつられるようにして透は笑った。


「ねぇ、和基。輪投げもあるってさ」


 透はパンフレットを見ながらそう呟いた。このパンフレットはこの学校の生徒全員に配られ、一般客も入場時に校門に設置された受付で受け取ることができる。

 内容は主にステージで行われる有志たちの発表の内容と時間帯の予定と、各クラスがどのような出し物を行なっているのか、そしてその開催場所の案内だ。

 大体のクラスの出し物は自身の教室で行われるが、先程和基が買った焼きそばのように火を扱う出し物をしているクラスは校舎外で、体育祭のときなどに使われる大きなテントの下で商品を売り捌いている。


「へぇ、なんか商品でもあんのかな」

「五投中五投、全部の縄を入れられたら駄菓子詰め合わせをプレゼントって書いてある」

「それは……やるっきゃねえな」

「言うと思った。二階の教室でやってるみたい。行こう」

「おう」


 和基たちは二階の輪投げの出し物をしている教室に向かった。いつもならすぐに着く距離なのに、人が多いせいでうまく前に進めない。普段より時間をかけて二階にたどり着いた。


「ほんっと、人が多いな」

「うん……そう、だね」

「ん? どうかしたか?」

「ううん、なんでもない」


 透の顔色が少し悪い。透は人混みが苦手なので少し酔ってしまったのだろうか。和基は少し心配になったが、透に気にしないでと言われたので放っておくことにした。


「次の方ー」

「はーい!」


 輪投げの出し物を行っている教室に着くと、二年生が子供に五個、輪を渡していた。

 後ろに並んでいるのもほとんどは小学生か、それ以下の子供だ。そばには保護者が連れ添っている。


「やっぱ輪投げって子供に人気なのかなぁ」

「そうみたいだね」


 少し場違い感を覚えた和基だったが、挑戦者の中には和基と同じように学生も含まれている。せっかく人を縫うようにしてここまできたのだから挑戦するか、と和基は挑戦者の列に並んだ。


「小さいお子さんは五回投げたうちの三回入ればお菓子をあげるよー。頑張ってね」

「うん!」


 二年生に応援されて、縄を持った子供は気合を入れて縄を放った。しかし気合が入り過ぎて体が力んでしまったのか、最終的に二個しか入らなかったようだ。


「残念! けど頑張ったいい子には残念賞として飴ちゃんをあげようね」

「ありがとう!」


 結果に残念がっていた子供だったが、二年生に飴を渡されると子供は嬉しそうに笑って親の手を取ると帰っていった。

 何人もの子供たちの番が終わり、ついに和基の順番が回ってくる。


「おお、和基じゃん! 頑張れよ、お前に残念賞はないからな」


 教室の隅でお菓子の用意をしていたらしいバスケ部の先輩が和基の存在に気がつくと近づいてきて、和基の肩をぽんと叩いた。どうやらここは先輩の在籍するクラスだったらしい。

 和基は先輩の顔を見ると頷いた。


「わかってますよ。全部入れてみせます、バスケ部の誇りにかけて!」

「いや、輪投げとバスケはそんなに関係ないと思うんだが」


 苦笑する先輩を放っておいて、和基は二年生の女子生徒から縄を受け取った。

 輪投げの板は縦に三、横に三。合計九つも棒があるのだ。どれか一つには引っかかるに決まっている。しかし和基は先輩たちの方を向くとこう宣言した。


「俺はど真ん中狙いで行きます。もし五投全部入ったとしても、ひとつでも真ん中以外に入ったら失敗ってことで」

「なんで自分から難易度を上げてるの」

「いいじゃん、そっちの方が燃えるだろ?」


 和基の宣言に透は苦笑した。が、教室内は盛り上がりを見せた。


「頑張れ、バスケ部の子!」

「スリーポイント決めてやれ!」

「いや、輪投げにスリーポイントはねえよ?」


 二年生の熱い声援にバスケ部の先輩は冷静につっこみを入れた。


「よぉし、狙いを定めて……」


 先輩たちに見守られる中、和基は一投目の縄を放った。

 和基の手を離れた縄は空中に放り出され、そして――和基の宣言通りに真ん中の棒に引っかかった。


「おお!」


 教室内に拍手が起こる。しかしこれはまだまだ序の口だった。

 和基が放つ縄は、一つ、また一つと真ん中の棒に引っかかっていった。


「すごいすごーい!」

「お兄ちゃんすごいねー!」


 和基の後ろで順番待ちをしている子供も手を叩いて喜んでいた。


「三投連続ど真ん中なんてすごいな。これは本当に五投いけるかも?」

「やってやりますよ!」


 感心する先輩に返事をすると和基は四投目の縄を投げた。それは空中を浮遊すると、ど真ん中の棒に引っかかる。


「うっわ、マジかよ。お前、そんなにコントロールが得意なら部活でもっと生かせよ」

「その部活が最近できなくて困ってるんですが?」

「はは、そうだったわ」


 和基の言葉に先輩は笑い声を上げた。

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