第19話

 映像を再生しても、しばらくの間はとくになにも起きることはなく静止画かと勘違いしそうな、ただただ変わらない理科準備室の映像が映し出されていた。


 しかし映像開始から二分が経ったとき、なんの予兆もなく、急に箱がぐしゃりと潰れた。

 そして次は和基たちの作った手形の描かれた画用紙の上にぐちゃぐちゃと黒いインクのようなもので線が引かれていった。子供がクレヨンで適当に塗りたくったかのように不規則な動きをしている。


「うわっ、え? なにこれ?」

「不思議だろう? 勝手に物が移動してるときに監視カメラを確認するとこんな感じの映像が映っているんだよ、いつもな」


 担任はやれやれと言いたげに肩をすくめた。


「これってあれじゃないっすか? ほら、ポルターガイストとか言うやつ」

「やっぱりそう見えるよなぁ……でもほら、生徒たちにこんなこと言えないし、おおごとにできないからお祓いとかもできないし」

「あー、たしかに女子は怖がるだろうし、馬鹿は様子を見に理科準備室に勝手に入ろうとしそう」

「そうなんだよ。だからこうして監視カメラの映像を確認することしかできないんだよ」


 担任は深いため息をついた。教師も教師で考えることがたくさんあって大変そうだ。


「ふーん、だから先生は理科準備室で飾りが壊されたって話を聞いたときに、透が犯人扱いされてても透を疑わなかったんだ」

「まぁ、こういうことがたまに起きるって俺は知っていたからな。瑠璃川がそういうことをする生徒には思えないし」

「そうですよ。透はそんなことしません。なのにあいつらは!」

「まぁまぁ、俺がボールペンを取りに行くよう頼んだ姿を見て勘違いしたんだろう? それなら俺のせいだから、そんなに怒んないでやってくれよ」


 先程の透に向けられた視線を思い出し、和基は再度憤りを覚えた。しかし担任に宥められ、やるせなく息を吐いた。

 担任から理科準備室の情報を聞いた和基たちは、厄介ごとを避けるためにこのことは秘密にするように、と頼まれて承諾すると教室へと向かった。


「……? どうしたんだ、透。さっきからずっとだんまりしてるけど」

「……いや。べつに」


 和基の問いにそう答える透だが、その顔色はあまりよろしくない。

 透のこの反応を見て、もしかして、と思い和基は尋ねた。


「さっきの映像に化け物でも映っていたのか?」

「っ!」


 和基の言葉に透は驚いた表情を浮かべる。しかしすぐに首を横に振った。


「いや、そういうわけではないんだ。だけど……なんとなく、そうなんじゃないかなって」

「そうって?」

「和基が作ったものや小物をめちゃくちゃにしたのは化け物なんじゃないかなって」


 あくまで憶測だけど、と透は付け加える。


「え? でも、透には化け物も姿が見えるんじゃないのか?」

「うん。目の前に現れたり通り過ぎたりしたら化け物の姿は見えるんだ。でも監視カメラの映像にはなにも見えなかった……けどね、和基が手形をつけた画用紙を持ったとき、なにか臭うなって思って。それが茉優さん……の姿をした化け物の死骸から漂う臭いに似ていた気がして」

「え……じゃあ、あの黒いインクみたいなのって」

「たぶん、化け物の血なんじゃないかな」


 透は階段を登りながらそう言った。

 化け物の血は真っ黒い色をしているを和基は知っている。そして、化け物の死臭がひどく臭うことも。


「化け物ってこんな子供じみたいたずらするんだな」

「そうだね。俺も驚いた。俺が普段見えてる化け物は人の皮を被って人間のように暮らしていたり、遠くから人間を見つめてるだけだから、こんな風に自分の存在を主張するような行動を起こすとは思わなかった」


 透は心底不思議そうな表情を浮かべていた。いくら生まれつき化け物の姿が見えているからといって、その生態を掴んでいるわけではないのだろう。初めて見せた化け物の行動に戸惑っているようだ。


「先生の話によると五年もの間、理科準備室には化け物が住み着いているんだよなぁ。全然知らなかったわ」

「うーん、それはどうだろう? たしかに先生は不思議なことが起き始めたのは五年前からって言ってたけど……理科準備室が化け物の巣窟になっていて、騒動を起こしているのは毎回別個体の化け物の可能性もあるよ?」


 透の推測のひとつに和基は納得した。たしかに同じ化け物が五年も理科準備室に居座っているという可能性の他にも、理科準備室が化け物の巣窟になっている可能性もある。それはそれで恐ろしい光景だとは思うが。


「あー、でもそっかー。俺たちには見えないから同じ化け物がポルターガイスト現象を起こしているかどうか確認できないのか」

「俺も監視カメラ越しでは化け物の姿が見えなかったから、もしかしたら化け物はカメラや写真の類には映らない生き物なのかも」

「透も詳しいわけではないんだな」

「そりゃあ、もちろん。俺には化け物の姿が見えるだけで、化け物について調べているわけではないからね」


 和基の問いに透は頷いた。透はあくまで化け物の姿が見えたとしても、それ以上の関わりは持たずにできるだけ知らないふりをして生きていくという方針らしい。


「今度理科準備室に忍び込んでみる? 目視なら透には見えるんだろ?」

「やだ。自分から面倒ごとに首を突っ込みたくないからね。それに忘れたの? 化け物に関わるとろくなことにならないよ」

「それは……えっと、そう、だな。悪い」

「いや、こっちこそごめん」


 ちょっとした好奇心で提案した和基だったが、透の言葉で茉優のことを思い出して言葉の歯切れが悪くなった。

 それを見て透も気まずそうに謝った。


「まぁ、その、文化祭は明日だし、買い出しに行ってる二人が材料買ってきたら飾りつけを作り直さないといけないし、はやく教室に戻ろうか」

「そうだな」


 どこか申し訳なさそうに視線を周囲に漂わせる透に言われて、和基たちは駆け足で教室に向かった。

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