第18話

「え? 瑠璃川にボールペンを取りに行くように頼んだか、だって?」


 職員室に入ると席に座る担任を見つけた。声をかけると担任の教師は生徒たちの問いに首を傾げた。そして、


「えーっと……ああ、二日ほど前に頼んだな。理科準備室で授業で使った物を片付けてたら、いつの間にか落としてたみたいでな。また授業前に行くだろうしそのままでもいいか、と思ったんだがあいにくと他のペンがインク切れててな。そのペンないと仕事できなかったから、暇そうにしてたやつに声をかけたんだよ」


 透にボールペンを取りに行くようにお願いしたことを証言した。


「それが透だったってわけですね?」

「ああ。たまたま昇降口にいるのを見かけたから帰る前にちょっと頼まれてくれって言ってお願いしたんだ。それで、それがどうかしたのか?」


 生徒たちの質問に答えたものの、なぜそのような質問をされたのか理解していない担任は首を傾げた。


「実は……」


 和基たちは理科準備室に保管しておいた飾りつけが壊されていたことを担任に説明した。


「本当にか? それは大変なことになったな」


 担任は話を聞いてため息をついた。


「ええ、せっかく私たちが作ったのに、作り直さないといけなくなったんです」

「作り直すのはまだいいとして、明日までに同じ量を作んないといけないじゃないすか」

「余った画用紙とかないし、買い直すところから始めないといけないし」

「おお、それは大変だ。ほら、これ使え。俺のポケットマネーだが、百均だったらこれくらいでじゅうぶん足りるだろ?」


 次々に出てくる生徒たちの不満の声を聞いて、担任は鞄から財布を取り出すと千円札を生徒に手渡した。


「えっ、いいんですか?」

「ああ。だから犯人探しなんてするな。瑠璃川はやってないし、他の生徒もたぶんやっていないから」

「よくわかんねぇけど、たしかに犯人探ししてる暇はねぇもんな。さっそく買い出しに行かないと!」


 男子生徒は千円札を受け取ると、もう気持ちを切り替えたようだ。急いで職員室を出て行こうとしたところを担任に止められる。


「おいこら、待て。時間がないのに歩いて買いに行くつもりか?」

「あっ、たしかに……ここから一番近い百均って歩いて三十分はかかるんだっけ?」

「百均はあんまり近くにないからそんくらいかかるかも」


 コンビニやスーパーならまだ徒歩で行ける距離にある。しかし百均ショップとなるとそこそこ時間がかかる距離にあった。


「残念だが、俺は買い出しに付き合ってやれない。だから……ああ、本田先生、ちょっとこいつらに車を出してやってくれませんか?」

「え? ……ああ、はい。なるほど、わかりました。いいですよ。必要なものを買うだけなら二人くらいでじゅうぶんですよね? 誰が私の車に乗ります?」


 担任は向かいの席で書類をホチキス留めしていた教師に声をかけた。彼女は担任から説明を受けると納得して頷いた。


「あっ、私行きたい」

「俺も行く」


 すかさず二人の生徒が名乗りをあげた。


「じゃあ、この二人を連れて買いに行ってきますね」

「すみません。お願いします」

「いえいえ、ちょうど手が空いていたので。あの書類は急ぎではありませんし」


 教師と買い出しに向かった二人を見送り、他の生徒は無事だった飾りつけを持って教室に帰り始めた。しかし和基は担任がどこかへ向かおうとしているのが目に留まってその姿を追いかけた。



「ううん……」

「なにしてんの?」

「うおっ。なんだ、市元か。それに瑠璃川も」


 職員室を出て校長室を通り過ぎ、教員用トイレがある場所を左に曲がった校舎の建物の隅に配置された用務員室、の隣のなんの部屋かほとんどの生徒が知らないであろう部屋で、担任はモニターを前に唸り声を上げていた。

 和基が後ろから声をかけると担任は肩を揺らして振り向いた。


「和基が急にこっちに走り出したのでついてきました」

「俺は先生がなんか怪しげな動きをしていたので追いかけてきました」

「怪しげな、ってなぁ」


 素直に話す和基の言葉に担任は頭をかいて困ったように笑った。


「俺はちょっと監視カメラの映像を見に来ただけだよ」

「監視カメラ?」

「うちの学校にそんなものあるんですか?」

「いや、普通にあるからな。ほら、校門のところとか、玄関口とか。あとはこれ……理科準備室とかな」

「理科準備室にも?」

「ああ」


 和基の問いに担任は気まずそうに頬をかいて、


「これから言うことはできるだけ秘密な?」


 そう言って理科準備室に監視カメラがある理由を話し始めた。

 和基の担任の教師はこの学校に勤めて十年ほどが経つ。担当する科目は理科。普段は理科室と理科準備室の鍵を管理しており、理科室や理科準備室の扉を開けるにはこの鍵が必要になる。

 しかしながら、理科準備室ではたびたび不思議なことが起きるのだという。


「鍵は誰にも貸してないし、他の先生たちがもし勝手に貸したとしても、貸し出しの紙に借りた生徒や先生の名前が書いてあるはずなんだ。けれど、誰も借りていないはずの時間帯に理科準備室で物音がしたり、勝手に物が移動したりしてな」


 担任曰く、五年ほど前から不思議なことが起こり始めたのだという。それで担任は学校側に許可を取ると、理科準備室に監視カメラを取り付けたそうだ。

 この、いつも生徒たちにスルーされる場所にある部屋は理科準備室の監視カメラの映像をチェックするための部屋らしい。


「それで、生徒から人影が見えた、って相談を受けた時間帯の監視カメラの映像を見てるんだけどな。なにもいないんだよ」


 物音がした。誰かがいた。それらの報告を受けるたびに担任は監視カメラの映像をチェックしていたらしい。しかし毎度のことのように理科準備室には誰もいないし、なにもない。


「けどな、目に見えないなにかがいるみたいなんだよ」


 担任は訝しげに声を潜めてそう言った。


「目に見えないなにか?」

「ああ。姿は見えないんだけどな……ほら」


 そう言って担任が和基たちに見せたのは理科準備室の監視カメラの映像が映ったモニターだ。今現在のものではなくて過去の録画の映像らしく、理科準備室内には誰もおらず、いつの間にかぺしゃんこにされてしまった壁飾りの入った箱も無事である。

 担任はマウスをカチッと操作した。するとモニター右下の時間帯の表示が時を刻み出した。録画を再生し始めたのだ。

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