第17話

「なに、これ」

「は? 嘘だろ?」


 文化祭前日の放課後。部活に向かった生徒以外が先に飾りつけをしてしまおうと理科準備室の扉を開くと、扉の前に立っていた生徒は困惑している様子だった。


「どうした……って、なんだ、これ」


 扉の前で立ち尽くす二人の背後から理科準備室の中を見た和基は目の前に広がった衝撃の光景に開いた口が閉じなくなってしまった。


「なに、どうしたの?」

「いや、それが……」


 横から透に声をかけられ、和基は理科準備室内の机の上を指さす。そこには本来なら、数日前に和基たちが作った壁飾りが綺麗に整頓されて置かれているはずだった。


「うわ。ひどいね、これ」


 和基の指さす先を見て透も怪訝な顔つきになった。


「さいっあく! 誰よ、こんなことしたの!」


 女子生徒は怒鳴り声をあげる。それもそのはずだ。せっかく作った壁飾りはぐしゃぐしゃに破壊されていたのだから。


「うわ……俺と和基が作った手形と血飛沫のついた画用紙も黒いペンかなにかで落書きされてる……」


 小物の入っていた箱は上から押しつぶされたかのようにぺしゃんこに潰され、中に入っていた画用紙でできた壁飾りは一部無事なものがあるものの、大半が折れ目が入って見た目が悪くなっていた。

 破けているわけではないのでそのまま使おうとすれば使えるだろうが、くっきりと折れ目が入ってしまっているのでせっかく飾っても見た目が悪くなることだろう。


 和基と透が赤い絵の具でホラーテイストに仕上げた画用紙に至っては、あきらかに誰かに落書きされてしまっている。せっかく何枚も描いたのに、そのほとんどは手形の上を黒いインクでぐちゃぐちゃと汚されていた。


「おい、本当に誰だよこんなことしたの! 文化祭は明日だぞ⁉︎」

「私、知らないし!」

「俺もしらねぇ! こんなことしてねぇから!」

「いちおう言っておくと俺と透もこんなことしてないから」


 帰宅部と、部活ができなかったバスケ部の和基を含む十二人は互いの顔を見合わせた。しかしもちろん、誰も自分がやりましたなどと名乗り上げる者はいない。全員自分の無実を主張するだけだ。


「……じゃねぇの?」

「ああ……しな」

「ちょっと、そこ、なに? 言いたいことがあるならはっきり言えば⁉︎」

「あっ、いや、その」

「お、俺たちはやってない、し。ただ、その……」


 飾りつけを取りに来たグループの端の方でぼそぼそと話していたのは、普段和基の後ろの席に座っている二人組だ。

 二人だけでこそこそと話をしていたので、気の立った女子生徒に目をつけられ、強めに問い詰められてたじろいでいる。


「その、なに?」

「えーっと、その」


 女子生徒に壁際にまで追い詰められた男子生徒はちらりと和基のことを見た。そして気まずそうに顔を逸らして、口を開く。


「その……俺ら、この前音楽室に忘れ物して。それを取りに行ったときに理科準備室から出てくる人かげを見たっていうか。な?」

「あ、ああ。なんか誰かが走り去っていったのが見えて、なにしてんだろなーって話をしてたんだよな、たしか」


 最初に言葉を発した男子生徒に同意を求められ、隣にいた生徒も頷いて口を開いた。


「は? ってことはそいつが犯人じゃん! 誰、誰だったの?」

「それは、その」

「……あいつ、だったと思う」


 和基と目線を合わせないように視線を下に向けながら、男子生徒が指さしたのは透だった。


「いや、その。もしかしたら見間違いかもしんないけど」

「階段を降りていく後ろ姿が似てたって言うか……」


 二人は小声で首の後ろをかいたりながら落ち着かなさそうにそうつぶやいた。


「……」


 犯人を告白した男子生徒二人と和基以外の生徒の視線が透に向く。気が立っている生徒に至っては透を睨みつけていた。


「違うよ。俺はこんなことしてない」


 十人近くに見つめられながらも、透は冷静に容疑を否認した。


「でも、瑠璃川くんと似た人がこの部屋から出てきたって、こいつらが」

「それは……その、たしかに俺はこの部屋に来はしたけど」


 冷静に話をしようとしていた透だったが、途端に気まずそうに視線を逸らした。


「え? いつ? そんなことあったっけ?」

「ほら、和基が珍しく総合体育館で部活があった日。あの日に俺は、先生に頼まれて先生の忘れ物のボールペンを取りに理科準備室に行ったんだよ。でも先生のボールペンを拾っただけで、他のものにはいっさい手を触れてないよ。もちろん、飾りつけにも」


 和基の記憶に透と理科準備室にきた記憶はない。和基が透に問うと、透は素直にそのときの話をした。

 透とは普段は一緒に行動していることが多いが、部活のときは離れ離れになる。ちょうどそのときに一人でここに来たらしい。なので和基は透の無実を証言してあげることができなかった。


「ちなみにそのときの箱は?」

「俺が見たときはなにも潰れてたりしてなかったけど」

「嘘つくなよ、ど、どうせお前が壊したんだろ?」


 壁際から透への非難の声が飛んでくる。透のことを気に入らない生徒の声だ。


「違う。俺はやってない。俺が和基が作ったものを壊すはずがないでしょ」

「証拠は? やってないんだったら証拠を見せろよ」

「証拠、って。そんなの……」


 透は一歩後ろに下がってたじろいだ。

 透がそんなことをするとは思えないし、疑うつもりはまったくないが、事件が起きたのは和基が透と一緒に行動していた時間帯とは違う。なのでやっていないと証言してあげることができず、やっていない証拠など理科準備室にカメラでも取り付けられていない限り、他の生徒たちに見せることはできない。


「な、ちょっといい?」


 和基はギスギスとした空気を漂わせる他の生徒たちと透の間に入ると生徒たちに声をかけた。


「なんだよ、和基。あいつがやった可能性が高いのに庇う気かよ」

「庇うもなにも、透はこんなことするやつじゃねぇし。それに、証拠出せってんならお前らも出せよ、透がやったっていう証拠」


 和基が少し怒気を含んだ声でそう言うと男子生徒は口を尖らせて言う。


「こっちには目撃証言があるんだって」

「それはボールペン取りに来ただけって透が言ってんじゃん。なんなら、本当にボールペンを取りに行くよう透に頼んだのか先生に直接聞きに行けばいいじゃないか?」

「それは……それもそうだな」


 男子生徒は自分たちが作った飾りつけを壊されて怒りが先行していたようだが、和基の言葉に頷くと壊れた飾りつけを持って職員室に移動した。そのあとを和基と透を含めたあの場にいた全員でついて行く。

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