第16話

 その後の放課後は大忙しの日々が続いた。なにせ文化祭当日まで三週間ほどしか時間は残されていない。それまでに失礼がない程度の接客の仕方と、部活でなかなか揃わないクラスメイトたち全員で教室内をお化け屋敷風に見せる飾りつけを作らないといけない。

 手元が器用な生徒たちは文化祭進行委員が用意した画用紙をおばけの形に切り取り、それを何個も量産して箱の中に入れていく。

 その隣で和基は手に絵の具を塗りたくり、白い画用紙にベタベタと手形を付けていた。


「ふぅ。こんくらいでいいのかなぁ?」

「もっとこう、引きずる感じの手形とか付けたほうがいいんじゃない?」

「こうか?」


 透の提案に素直に従い、和基は絵の具のついた手を画用紙に貼り付けると、下にスライドするように手を滑らせた。


「お、いいな、これ。ホラー感増すじゃん」

「他にもほら……こうしてっと」


 透は絵の具を水でとくと筆を高めの位置に持ち上げた。すると筆先から赤い絵の具が滴り、画用紙の上にぴちゃんと落ちる。いろんな高さから絵の具を落とすことで画用紙に血飛沫が飛んでいるように見えた。


「おお!」


 女子生徒に手形を付けといて、と頼まれた和基は馬鹿正直に手形しかつけていなかったので、透のおかげでよりそれっぽいものを作ることができた。


 これは後で画用紙を段ボールに貼り付けて、文化祭当日の教室の窓に飾るものだ。そうすることによって日差しが遮られ、ちょうどいい感じに薄暗さを醸し出し、ついでにホラーチックな手形をつけておくことで廃墟でなにかに襲われた人の手形が窓にくっついてしまった、という状況の設定がある。


「あれ? そういや透はおばけ作ってたんじゃなかったっけ?」


 和基よりも手先が器用な透は隣のグループで壁に飾るおばけを作っていたはずだ。なぜ和基のところに来ているか疑問に思い、問いかける。


「作り終わったから」

「えっ、マジ? うわ、ほんとだ」


 和基が透の背後を見ると、画用紙で壁の飾りつけを作っていたグループは満足気に頷いていた。


「あんまり数が多過ぎたらポップになり過ぎるからこのくらいの量でいいだろうって、委員長が」

「そっか」


 和基は頷いて教卓の方を見る。そこには数人の生徒が集まり、順調な飾りつけチームとは反対に、頭を抱えて悩んでいた。


「どうしたんだろう?」

「ああ、なんかどのお菓子とジュースを買うか悩んでいるみたい」


 和基の疑問に透が答える。

 透の言う通りのようで、お菓子買い出しグループはどこの店で買った方が安く、多く買えるかとスマホを片手に検索しているようだった。


「予算が限られてるもんなー」


 和基は喋りながらも、次の画用紙を取ると手形や先程の透に教わったように血飛沫をつけいった。


「そうだね。飾りつけに使ったこの画用紙とかは百円ショップで買ったやつだからそこまで予算は取っていないだろうけど、喫茶店であるからにはやっぱりメインのお菓子と飲み物には妥協したくないみたいだね」

「いくら文化祭の出し物だからってパサパサのクッキーとか出てきたらやだもんなぁ」


 予算内に抑えつつちょうどいい質と量を確保するため、お菓子の買い出しを担当している生徒は必死で頭を捻っているようだ。


「市元くん、そっち終わった?」

「あ、おう。これでいいか? あとはこの画用紙を段ボールに貼り付けるだけなんだけど」


 透と話していると急に女子生徒に声をかけられ、和基は頷いた。


「うん、ばっちりなんじゃない? よし、じゃあ飾りつけ系はこれでほとんど完成かな。よかったー、間に合って。文化祭まであと数日だもん。まぁ、飾りつけが完成しても、文化祭当日に急いで教室の壁に貼り付けたりしないといけないから完全に終わったとは言いきれないけど」

「それまでは小物は箱にしまって理科準備室に置いてるんだよな?」

「うん。委員長が先生に許可取ったからそうしてるよ」

「そっか。この画用紙、まだ絵の具が乾ききってないから片付けるならあとにしたほうがいいぞ」

「それもそうね。私はあっちの様子も見に行ってくる」

「いってらー」


 和基に声をかけてきた女子生徒はお菓子買い出しに悩む生徒のところに走っていった。

 彼女は普段は和基と会話する頻度が高い生徒ではないのだが、文化祭が近いということもあってテンションが高くなっているのだろう。いろんな生徒に積極的に声をかけているのをよく見かける。


「みんなやる気すごいね」

「そりゃあ、初めての文化祭だからな。浮き足立っちまうのもわかるぜ。透はあんまり楽しみじゃない感じか?」


 やる気に満ちた教室内を楽しそうに見つめていた和基は視線を透にずらして尋ねた。目が合うと透は首を横に振る。


「いや、いちおう楽しみにはしているよ。和基と一緒に回る約束もしたしね」

「ああ」


 和基と透は一日目の接客を行う。なので二日目は一日フリーで遊びまわっていいことになっている。

 二日目はどこへ行こうか、なにをして遊ぼうか。そもそも他のクラスはどんな出し物をするのだろうか。和基は初めての文化祭に心躍らせながら騒がしい教室を見つめていた。

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