第二章 文化祭
第13話
教室は静寂に包まれていた。席に着く全員が口を閉じ、真剣な表情で黒板を見つめている。
みんなが見つめる黒板、の横のパイプ椅子には和基たちのクラスの担任が座り、首をコクコクと揺らしながらうたた寝をしている。
教師の代わりに教卓に立っているのはこのクラスの文化祭進行委員。年に一度開催される文化祭の全体的な運営や、各クラスの文化祭に関わる進行を担当するのが仕事だ。文化祭限定のリーダーとも言える存在である。
その文化祭進行委員の背後にある黒板に書かれた文字は喫茶店、お化け屋敷、クレープ屋。
先程の討論で出た、この教室で行う文化祭の出し物の案だ。
「では、投票を行いたいと思います」
静寂のなか、文化祭進行委員はゆっくりと口を開いた。教室内の空気が張り詰める。
「ではみなさん、目を閉じてください。この中から自分がやりたいと思った案に手を挙げてください」
文化祭進行委員の言葉に従い、和基やクラスメイトたちは全員瞼を下ろした。
「では、まずは喫茶店がいいと思う人」
文化祭進行委員の言葉に和基は迷うことなく手を挙げた。おしゃれな喫茶店というものに憧れがあり、先程の討論中に喫茶店という案を出したのは和基だった。
「……はい。では次、お化け屋敷がいいと思う人」
一人だけ目を開けている文化祭進行委員は喫茶店の案に挙手した人の数を数え終わると次の案の賛成人数を確認した。
和基は目を閉じているので誰が手を挙げているかはわからないが、誰かが手を挙げている気配を感じた。
「……はい。次、クレープ屋さんがいい人」
何人かの手を挙げる気配を感じながら、瞼をとじたまま文化祭進行委員の言葉を待つ。しばらくすると目を開けるように言われ、和基は瞼を上げた。
「よっっ、しゃぁ!」
「くっそー、負けた……」
「ああ、残念だわ。クレープ屋やりたかったのに……」
開いた視線がまず最初に確認したのは、黒板に書かれた出し物の投票の結果。見事和基の提案した喫茶店が投票数十六人で一番だった。二番はお化け屋敷で十一人。クレープ屋は七人。
和基は喜びのあまりガッツポーズを決める。
「よっしゃー! これはもうメイド喫茶にするしかなくね?」
お調子者の男子生徒が立ち上がり、女子生徒の方を向いてそう提案した。しかし女子生徒は顔を引き攣らせてその提案に引いている様子だった。
「うっわ、最悪、男子キモい。マジでそういうのないから」
「でもでも、男女逆転喫茶とか楽しそう! 男の子が女装して、女の子が男装するの!」
メイド喫茶を提案した男子生徒を睨みつける女子生徒の隣で、別の女子生徒が弾んだ声で手を叩いてそう提案した。
「はぁ? 男の女装なんて誰が見たいんだよ。普通にキモいわ」
「女子のメイド服見たいとか言ってるお前の方がキモいっての」
コンセプトは決まってないものの、高校に入学して初めての文化祭の出し物が多数決で喫茶店と決定した教室内は、先程までの緊張感はどこへやら、わいわいと騒がしくなった。
「まったく、さっきまではどこに投票しようかみんな真剣な顔して悩んでたくせに」
「そりゃあ悩むだろ! 喫茶店にすれば女子のメイド服姿を見れるかもしれないし、お化け屋敷にしたらかわいい女の子の悲鳴が聞ける! クレープ屋だと女の子の客がたくさんきてくれそうだし、めちゃくちゃ悩んだわ!」
クラス一のお調子者が大声で騒ぎ立てる。それを女性陣は冷めた目で見ていた。
和基の学校は毎年十一月の第三金曜日と土曜日に文化祭が行われる。そのため、出し物の準備は十一月に入ってすぐにやり始めなければいけなかった。
本当は隣のクラスで死人が出ているのでもう少しおとなしくなるかと思ったが、みんなお通夜気分はそうそうに抜け出して、高校に入学して初めての文化祭にやる気を出していた。
「んお。なんだ、やっとやること決まったのか? へぇ、喫茶店にしたのか。じゃあ、必要な物をリストアップしておけよ。もちろん、予算の範囲内に抑えろよ?」
「はい!」
先程までうたた寝していた担任は目を覚ますと黒板の喫茶店という文字に大きく丸を描かれているのを確認すると、席を立って教室をあとにした。なんでもこのあと教員会議があるらしい。
文化祭進行委員は元気よく返事をしてその後ろ姿を見送った。
「じゃあ、まずはどんな喫茶店にしようか? 一概に喫茶店と言ってもコンセプトが大事だよね」
「普通のでよくない?」
「メイド服」
「絶対却下」
「男女逆転喫茶」
「それもいや」
「それじゃあ普通の喫茶店になるじゃん。おもんなくない?」
「和基はどう思う?」
「えっ?」
クラスメイトたちがああだこうだと言い合っているのを自分の席で見つめていると、彼らはパッと振り返って和基に意見を求めた。
急に話題を振られた和基の口からは素っ頓狂な声が漏れる。
「え? じゃねーよ。和基だろ、喫茶店がいいって案出したの」
「あ、ああ。そうだなー。俺は普通の喫茶店もいいと思うけど、ちょっと変わった喫茶店もいいと思うな」
「おお、やっぱり和基も女子のメイド服見たいよな!」
和基の提言にメイド喫茶推しの男子生徒はぱあっと顔を明るくさせた。
「それは興味ない……とは言い切れないけど、本人たちがいやがってるし」
「ちぇ、つまんねーな」
和基の真面目な一言に男子生徒は残念そうにガックリと肩を下ろした。
「和基がまともでよかったー。お前は反省しろ」
「なんでだよ! 和基も本当は興味あるって言ってるじゃん!」
「お前ほど下心ないから和基は許せる」
「理不尽すぎねぇ⁉︎」
不毛な言い合いを繰り広げるクラスメイトたちは元気である。だというのに、廊下側の席に座った透は浮き足立つ様子もなく、興味なさそうに廊下の方を見ていた。
透が見つめる廊下の先、隣の教室は人がいないのかと思うくらい静まりかえっていた。隣の教室は茉優の在籍していたクラスだ。
和基も本来であれば、茉優の死にショックを受けていただろう。そして隣の教室のように黙り込んでしまっていたのかもしれない。
けれど、透に和基のせいじゃないと励まされ、東雲にもこれは事故だと捉えろ、と彼なりの励ましを受けた。
なにより和基の心配をしていたのは妹の綾音だった。いつまでも浮かない顔をする和基を毎日心配そうに、けれどどう声をかければいいのか迷った様子でなにか言いたげに口を開いてはまた口を閉ざしていた。
綾音を心配させるのはいい気がしない。和基は茉優のことを忘れる――ことは到底できなかったが、それでも彼女の死はどうすることもできなかった。誰のせいでもない事故だったのだと気持ちを切り替えることにした。
ちなみに茉優は化け物に殺された。という真実は報道されることはなく、警察が発表したのは、橋の下で見つかった女性の死因は溺死。繁華街方面に遊びにきていたところ、誤って橋から転落して溺死したのち、河原に打ち上がった、とのことだ。
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