第12話


 ◇◇◇


「はぁ、どうしよう」

「どうしようもなにも、和基はなにもしてないじゃないか。気にすることないよ」

「いやいや、このままじゃ透が捕まるって。友達として普通に気にするだろ」


 近所の公園に移動した和基は腰掛けたベンチの上で大きなため息をついた。

 それに比べて透はいつものすまし顔だ。逮捕される、と恐れている様子はない。


「透……俺はどうすればいいんだ? あのとき、どうすればよかったんだ?」

「もう、気にしなくていいって言ってるのに。せっかく気分転換に外に出たんだからもっと明るい顔しなよ」

「いや、それは無理だろ」


 透は本当の正体が化け物とはいえ、人を殺した。そしてそれはもうニュースになっていた。

 警察が殺人事件として捜査を開始したら、透の犯行だってことくらいすぐにバレてしまう。


 違うんです。透は化け物に襲われた俺を助けようとして殺した。つまりこれは正当防衛なんです。と和基がどれだけそう警察に言ったとしても、信じてもらえるわけがない。


「はぁー」

「どうした、そんなに憂鬱なため息をついて」

「えっ」


 和基が本日何度目かもわからないため息をついたとき、誰かに声をかけられた。顔を上げるとそこには背の高い男性が和基を見下ろしていた。


「っ!」


 その男性の眼光は鋭く、和基は一瞬息が詰まった。

 左目が緑色をした男性は腰に手を当てて口を開く。


「お前ら、この近くで事件が起きたって知ってるか?」

「ええ、知ってます。ニュースでやっていたので」


 男性の眼光に固まってしまった和基の代わりに透が答えた。関わるな、そんな声色だった。


「そう、知ってるならなんでここにいる? 外は危険だって思わなかったのか?」

「そ、れは……」

「べつにあなたに関係はないでしょう」


 口籠る和基とは正反対に、透ははっきりと男性に言い返す。


「ふぅん、俺は結構目つきが悪いって怖がられることが多いんだが、随分と生意気に言い返してくるじゃないか」


 男性は透の態度を鼻で笑った。口角が上がっているので怒っているというわけではなさそうだ。純粋に珍しい対応を取られて面白がっているのだろう。


「俺たち暇じゃないんで」

「俺だって暇じゃないさ。事件の捜査中でね。ちょうどお前らくらいの、男の子二人組を探してるんだ。知らないか?」


 和基の手をとり立ち上がって、この場を立ち去ろうとする透の進行を邪魔して男性は問いかけた。その言葉に和基の心臓がどきりと跳ねる。


「なんですか、あなたは刑事かなにかですか?」

「ああ、いちおう警部をやらせてもらってる」

「へぇ、そうなんですか。悪いけど、俺たちはなにも知りませんよ」

「そうか、そうか。知らないならべつにいいんだ。悪いな、時間を取らせて」


 透の回答に驚くほど簡単に男性は引き下がって和基たちに進路を譲った。


「いいえ。捜査、頑張ってください」

「ああ」


 男性は自身の隣を通り過ぎた和基たちを見送ったが、ああそうだと言って振り返る。


「最後にひとつだけ聞きたい。お前らはこの世に化け物が存在すると思うか?」

「っ!」

「……」


 背後から投げかけられた男性の言葉に和基は驚き、透は息を飲んだ。


「ああ、急に変なことを聞いて悪いな。けど、これも俺の仕事でね。化け物を殺した人間を探せ、なんてめんどくせえよな」


 和基たちが振り返ると男性はこちらを見てにたりと口角を上げていた。その緑色の瞳に、すべてを見透かされている気がして和基は思わず後ずさった。隣に立っていた透とぶつかる。


「意地が悪いな、この人。最初から俺たちを疑ってたんでしょ?」

「ははっ。ああ、まぁ、そうだな。お前たちによく似た二人組が監視カメラに映ってたもんでね」

「和基は関係ない。茉優さんを殺したのは俺だ」

「透!」


 言い逃れはできないと判断したのか透は素直に男性に真相を話し出した。このままでは透が捕まる、とそう思って和基が透の言葉を遮ろうとするが透は気にする様子はない。


「言っとくけどあれは茉優さんに見えるけど、別の生き物だから。正確には茉優さんを殺した化け物を殺した、それだけ」

「ほぉ、ということはお前は化け物が見える体質か」


 男性は予想していたのか透の話に衝撃を受けることなく、淡々と話を聞いていた。


「まぁね。生まれつき変なものが見える人間だった」

「生まれつきか。俺は事故に遭ってからだ」

「えっ? それってつまり、おじさんもあの化け物が見えるってこと?」

「おじさん?」


 つい口を挟んだ和基の言葉に男性は怪訝な声を出す。和基は慌てて言い直した。


「あっ、いや、お兄さん?」

「いや、べつに好きに呼べばいいけどよ。まぁ、そうだな。化け物の姿が見えるからこうして化け物関連の仕事をさせられてんだよ」


 男性ははっと鼻で笑った。あまり自分の仕事が好きではないのだろうか。


「俺以外にもあれが見える人っていたんだ……」

「ああ、いるぞ。数は少ないがな。お前みたいに生まれつき見える人間もうちの課に所属している」

「うちの……課?」


 男性の言葉に透は首を傾げる。


「ああ、俺は警察署でも特殊な存在の特務課ってところに所属していてな。ちなみに表立って存在を公表されている課ではないから、ネットで調べてもなんの情報も出てこないぞ」

「なるほど。こっそり化け物を退治してるんですね」


 納得した様子の透の言葉を男性は首を横に振って否定する。


「いや、俺たちの仕事は化け物が関係する事件の後処理だ。被害者をいかに普通の事故や事件に巻き込まれたか偽装したり、な。この世の中を見ていたらわかると思うが、化け物なんてもんは存在しないことになっている」

「……ああ、納得は、できます」


 会話を続ける男性と透の間で、和基は黙って話を聞いていた。化け物が見えない和基には彼らの感性がわからないので、変に口出ししないでおこうと思ったのだ。


「ん? なんだ、もしかしてそっちの坊主は見えないのか」

「和基は普通の人間です。俺しか化け物の姿は見えない。全部話します。だから和基を巻き込まないでください」

「事件にまったく関与してないなら別にいいがな。今回は関係してそうだからだめだ」

「……」


 透の懇願を男性は断った。透は黙り込む。しかしもう一度口を開いた。


「あの子は、和基の彼女でした。たしかに、人間だったんです。それがある日、化け物になっていて。それを俺が和基に伝えたばっかりに、和基は茉優さんに事実を確認してしまった。すると化け物は正体を現し、和基を食べようとした。だから俺が殺しました」

「なるほどな。あの化け物が擬態の能力を持っているのはわかっていたが、実在する人間に化けていたか。ということはその茉優って子は食われたのか」

「おそらく」


 透は頷いた。


「正当防衛、とも言えはするな」

「お願いします! 透は俺を助けようとしたからあんなことになったんだ。俺が悪いんです! 透を逮捕しないでください!」


 和基は男性に向かって勢いよく頭を下げる。

 お願いする。それしか和基にはできなかった。


「ん? おい、なにか勘違いしてないか? べつに俺はその……なんて言ったか」

「透です。瑠璃川透」


 男性が視線を向けると、透は自身の名前を名乗った。男性は頷く。


「そう、瑠璃川を逮捕しようなんざ、さらさら思ってねぇよ」

「えっ? そうなの?」


 男性の言葉に、和基の口からは素っ頓狂な声が漏れた。和基が顔を上げると男性は頷いた。


「ああ。人が人を殺すのは殺人だ。もちろん罪になる。だが、化け物を殺すのは罪にはならない。だって化け物なんてこの世に存在しないって世間は認識しているからな。もちろん、化け物に関する法律なんてものも存在しない」


 化け物とは言え、人の姿をしたものを殺したので逮捕される、そう思っていた和基と透は男性の言葉にきょとんと目を丸くさせた。


「まぁ、化け物の首をぽっきりやっちまうなんてどんな人間か気にはなっていたが、ただの友人思いのガキだったな」


 男性はそう言うと、がしがしと頭をかいた。


「いちおう、学生証を見せてくれ。今回の件で瑠璃川が罪に問われることはないが、いちおう俺も上に報告しないといけないんでな」

「わかりました。取ってきます」

「俺も……出したほうがいいですか?」

「ああ、いちおうな」

「わかりました」


 今回の件で透が逮捕されることはない、そう断言された二人は安堵して学生証のある家に帰ろうとしたが、それを男性は引き止めた。


「ああ、待て。ここら辺で煙草を吸えるスペースはあるか?」

「……あっちに、灰皿が置いてある場所があります」

「おお、よかった。なら俺はそこにいるから、学生証はそこに持ってきてくれ」


 男性は心から嬉しそうに笑みを浮かべた。


「はい。あの、あなたの名前は?」

「あん? 東雲紅李」


 嬉々として喫煙スペースに向かおうとした男性は透の問いかけにめんどくさそうに振り向くと、そう名乗ってすぐに喫煙スペースに歩いて行った。

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