第6話

 昼時になると茉優が気になると言っていたカフェに入った。

 和基はナポリタンを、茉優はスープパスタとマロンパフェを頼んだ。


「わぁ、これも美味しそうだね。頼んじゃおうかな」


 頼んだものを食べ終わると茉優は店内の壁に張り出されたマロンフェアの張り紙を見てそう言った。


「えっ、まだ食べるの?」

「甘いものは別腹だよ!」

「あっ、そうなんだ」


 和基は自身の母親も同じようなことを言っていたなと思い返す。

 店員を呼び出すと茉優はマロンフェアの商品のモンブランに、マロンタルト、ごろごろとした大粒の栗が入ったパウンドケーキにマロンプリンを頼んだ。


「大丈夫? 食べきれる?」

「うん!」


 明るく頷く茉優はその言葉通り、テーブルに並べられたすべてのデザートを食べきった。一切苦しそうな表情を見せずに、余裕の完食である。


「いっぱい食べちゃった」


 えへへ、と笑う茉優はどこからどう見ても和基の好きになった、恋人の姿をしている。しかし、好きではなかったはずの栗を好きだと言い始めたり、服の趣味が変わったり、急に食べる量が増加したり。

 たった一つならそこまで気に留まらないような小さな変化がいくつも見受けられて、その変化は和基の心に妙に引っかかった。


 ――あの子は化け物なんだよ。

 昨晩の透の言葉が脳裏に蘇る。

 いや、そんなまさか。和基は首をぶんぶんと振っていやな想像を掻き消した。


「ごめんね、次はどこに行こっか? 私は行きたいとところに行けたし、今度は和基くんの行きたいところに行こうよ」

「えっ、ああ、そうだな……茉侑ちゃんの行きたがっていたカフェには行けたし……そうだ、映画なんてどう?」


 繁華街の一角には映画館が併設されている建物がある。今、クラスの女子に人気の映画が上映していることを思い出した和基は茉優にそう提案する。


「うん、いいね!」


 茉優の同意を得て、和基たちは映画館に向かった。

 女性に人気の胸キュン必須だという恋愛映画の座席を取り、飲み物とポップコーンを持って指定した座席に座る。

 女性人気が高い映画だということもあって、ほとんどの席は女性でうめられている。その中には彼氏ときている様子の二人組も見受けられ、和基は改めて彼女とデートをしている気分になって嬉しくなった。


「映画といえばポップコーンだよね!」


 カフェでたくさん食べたはずの茉優はポップコーンをもぐもぐと食べている。まだ食べれるのかと和基は驚きながらも、手に持ったポップコーンを茉優が食べやすいように座席に近づけた。


「あ、ありがとう。ごめんね、私ばっかり食べちゃって」

「ううん、べつにいいよ。気にしないで」

「ありがとう」


 茉優はポップコーンを手に取る。上映が始まるまでのこの時間は少し退屈だ。

 和基もポップコーンを数個口に運んで上映が始まるのを待つ。

 しばらくするとブーというサイレンのあとに、スクリーンに映像が流れ始めた。


「おもしろかったね」

「そうだね」


 空になったポップコーン入れをゴミ箱に捨てて、劇場を出る。

 女性人気が高いだけあって、茉優は満足してくれたようだ。和基は肌に合わなかったのか、いまいちどこがいいのかわからなかったが、みんながおもしろかったと言って劇場を出るなか、つまらないと堂々と言うほどデリカシーは失っていない。

 ひとまず茉優の言葉を肯定して繁華街の中を歩く。


「ちょっと疲れちゃった」

「映画館の中は暗いから、目が疲れたのかもね」

「そうなのかも。少し休みたいな」

「わかった」


 映画は長時間同じ体勢で、なおかつ暗いところで明るいスクリーンを見ているのだから、人によっては体調がおかしくなってもおかしくない。


 和基と茉優は休憩のために人混みの中から抜け出して、繁華街から少し離れた橋の上に移動した。人もいないので休憩にはぴったりな場所かもしれない。

 石造りの橋の下を覗き込むと、綺麗な川が流れている。


「魚さんとかいるかな?」

「どうだろ? あそこから降りられるみたいだし、ちょっと覗いてみる?」

「うん!」


 和基が尋ねると茉優は元気よく頷いた。

 橋のすぐそばには階段があった。川の隣は砂利が多いので、夏場は子供が遊びに来ているのかもしれない。

 和基は茉優の手を取って階段を下る。


「魚さんいるかなー? 蟹さんとか隠れてたりして」


 そう言って茉優は川の縁の方に落ちている石を持ち上げた。残念ながら蟹はいない。


「いなかったね……」

「そうだね。でも川の中にはいるかも」


 幅四メートルほどの川は、太陽の光を反射させて水面がきらきらと輝いている。

 川横の砂利道を歩きながら川の中を覗き込んで魚を探す。


「あっ、いた! 和基くん、こっちこっち!」


 少し前を歩いていた茉優が笑顔で和基に手を振った。和基が小走りで茉優に近づくと、茉優の指さした先に小魚が数匹、群をなして泳いでいた。


「あれは食べられるお魚さんかな?」

「どうだろう? 食べられそうな気もするけど」


 和基は魚の種類や生態に明るくない。二人は首を傾げて魚を見つめた。


「ちょっと座ろうかな」

「ああ、それなら日陰に入ろっか」


 疲れた様子の茉優は座りたがっていたので、和基は日陰になる橋の下まで茉優を案内した。ちょうどいい大きさの石があり、その上に茉優が腰掛ける。その隣に和基が腰を下ろした。

 繁華街のある方面からは声が聞こえてくるが、この川の周囲に人はいないようで、遠くから聞こえてくる声以外は川のせせらぎしか聞こえない。


「楽しいね」

「それならよかった」


 茉優は隣に座る和基を見て微笑んだ。和基も彼女が喜んでくれているようなので、嬉しくなって笑顔を浮かべる。

 しばらく二人は見つめあったあと、ぴちゃんと川の方から音がして和基は川を見た。どうやら小魚のうちの一匹が水面を跳ねたようだ。


「かわいいね」

「そうだね」


 茉優も川をみてつぶやいた。その横顔を和基はちらりと横目で見た。


「おいしそう……」

「…………」


 小さく言葉を漏らした茉優の隣で、和基は透の言葉を思い出していた。

 透の言う通りだとすると、今、和基の隣にいる茉優は人間ではない化け物ということになる。

 見た目からは到底そうは思えないが、透がそんな悪趣味な嘘をつくはずがないという透への信頼が、和基の気持ちを複雑にさせた。

 勘違いだと笑い飛ばしたかった。けれど、今日の茉優はたしかにいつもと様子が違うということを、和基は薄々感じてしまっていた。

 これ、といった確たる証拠があるわけではない。しかし、たくさんの違和感が集まって、茉優が本当は透の言う通り、化け物である可能性を高めてしまっていた。

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