第5話
土曜日。それは和基が待ちに待った、彼女とのデートの日。
「どしたの、お兄。テンション低くない? 出かけるのやめた方がいいんじゃない?」
透との電話のあと、よく眠れなかった和基の目の下にはうっすらと隈ができていた。
綾音はそんな和基の姿を見て心配そうに声をかける。しかし和基は首を横に振った。
「大丈夫、行ってきます」
和基はそう言うと玄関の扉を開いた。
本当は、綾音の言う通りドタキャンしたかった。透の話を聞いたあとでは茉優とどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。しかし透が言ったことが勘違いだったとしたら。そう思うと彼女とのデートに行かないという選択肢は選びたくなかった。
楽しみにしていたはずのデートなのに、和基の足取りは重たい。視線はさがり、足を引きずるようにして待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせは駅の前に設置された、誰だかよくわからない偉人の銅像の前。ここから東の方へと向かうと学生に定番のデートスポットの繁華街がある。今日のデートはその繁華街に行く予定だ。
「和基くん、お待たせ! ごめんね、待たせちゃったかな?」
銅像にもたれかかるようにして待っていた和基に、人混みをかき分けて私服姿の茉優が小走りで近寄ってきた。どこからどう見ても今までと同じ、茉優の姿だ。強いて言うなら私服姿は制服のときと違ってこれまたかわいいといったところだろうか。
「全然待ってないよ。俺もきたところ」
「そっか、ならよかった」
そう言って微笑む茉優は相変わらずかわいらしい。このあどけなさが残る笑顔に和基は一目惚れしたのだ。
「い、行こっか」
「うん!」
和基の言葉に茉優は明るい笑顔を見せた。
やはり透が言ったことは間違いだったのだろう。透は嘘をつかない性格をしているが、勘違いすることはあるはずだ。きっと、透は疲れていたかなにかで茉優のことを化け物と見間違えたか、誰か他の化け物を茉優と見間違えたのだろう。
目の前にいる茉優が化け物には到底見えなくて、和基は透からの忠告を一度思考の端に追いやることにした。だって今日は待ちに待ったかわいい彼女とのデートの日なのだから。
「私、行きたいお店があるんだー。繁華街にあるカフェでマロンフェアをやってるって聞いてさ。食べたいなーって思ってたの!」
「え? 茉優ちゃんって栗苦手じゃなかったっけ?」
楽しそうに話す茉優の言葉に違和感を覚えて、和基は立ち止まって尋ねた。
勉強は得意ではない和基だが、彼女の好物と苦手なものくらい覚えていた。茉優はあんこなどの入った和菓子が好きで、しかし栗羊羹など栗の入ったものを苦手としていた記憶がある。
「最近食べられるようになったんだー。今までどうして食べなかったんだろうって後悔してるくらい好きなの」
茉優は和基の問いになんでもないように平然とそう言葉を返した。
「へ、へぇー。そうなんだ。ちなみに最近っていつ頃?」
「え? いつ頃って……たしか一週間くらい前かな?」
「そっ、か」
和基は顔を引き攣らせながら笑う。
一週間前。それは透が茉優のことを化け物だと認識した頃とちょうど重なる。
「偶然だ、偶然」
隣を歩く茉優に聞こえない程度の声量で、和基は自分に言い聞かせる。
たまたま嫌いなものを食べられるようになったのが一週間前で、透が茉優を化け物だと思ったのも一週間前で。とんでもない偶然である。
「ご飯……にはまだ早いよね。和基くんはなにか買いたいものとかある? ここ、いろんなお店があるから見て回ってるだけでも時間が経っちゃいそう」
「そうだな……俺はとくになにもないし、茉優ちゃんが気になったお店を見て回ろうか」
「いいの? じゃあ、あっち行こ!」
和基の言葉に、茉優は嬉しそうに笑って和基の手を引く。入ったのはファンシーな雑貨がたくさん飾られた雑貨屋だった。
ファンシーな商品が多いだけあって、客層のほとんどは女性だ。中には和基と同じように彼女に連れてこられたのか、女性と一緒に買い物をしている男性もいた。
「見てみて! これ、かわいくない?」
「え? ああ、うん。かわいい……のかな?」
茉優に問われてとっさに頷こうとした和基だったが、同意しようとして首を傾げた。
嬉々として茉優が和基に見せたのは五センチほどの小さな瓶の中によくわからない生き物のオブジェが入ったキーホルダーだった。
中のオブジェはガラスでできているのか半透明だ。しかし色合いが原色に近い赤で派手派手しく、なによりなんの生き物なのかわからない。無理に例えるのであれば四足歩行の猫がどろどろに溶けたような姿だろうか。
「これ買っちゃおうっと!」
自分や透、妹の綾音の趣味ではないな、と思ったが、茉優は気に入ったらしい。店のカゴに入れて他の商品を見始めた。
「和基くんは欲しいのとかある?」
「いやぁ、俺の趣味ではない、かな」
和基はファンシーなものに興味はなかった。綾音だったら喜んで店内を物色していただろうが、和基はそういう気にはならなくておとなしく、買い物する茉優のあとを追う。
「私はこれでいいかな。和基くんは買うものないんだよね? 私レジに行くね」
「ああ、うん」
一通り店の中を見て回った茉優は和基にそう言うとレジへと向かった。店の中で一人待つのもおかしいと思って茉優のあとを追う。
「商品、お預かりしますね……あれ、これ不良品かな」
「どうかしました?」
カゴを受け取った店員はレジ打ちをしていたが、一つの商品を手に取ると首を傾げた。
茉優が不思議そうに問いかける。
「すみません、こちら不良品が混ざっていてみたいで。新しいのを用意いたしますね」
そう言って店員が取り下げようとしたのは、茉優がかわいいと言っていた瓶詰めのキーホルダーだ。それを茉優が止めた。
「いいです、私それがいいので」
「えっ? でも、本来ならこれは中にかわいい猫ちゃんが入っている商品なのですが……」
「これの方がかわいいのでいいです」
「そう、ですか。お客様がそうおっしゃるなら……本当によろしいのですか?」
「はい。私はそれが欲しいです」
「かしこまりました」
店員は念押ししたが、茉優も折れない。結局、茉優は不良品の商品に喜んでお金を払った。
「こんなにかわいいのに不良品だなんてかわいそうだよね」
「そう、だねー」
本当にかわいいか、それ。と言いたくなる気持ちを抑えて和基は茉優の言葉を肯定した。
性別の差もあるのだ、和基と茉優の感性が違っていてもおかしくない。
「あっ、私お洋服も見ていいかな?」
「ああ、うん。もちろんいいよ」
茉優がきもかわいいものが好きだとは初めて知った和基は多少驚きはしたが、次の店に移動することにした。茉優が選んだ服屋に入る。
茉優は気になる服を手に取ると試着室へ向かった。それを近くで待っている和基だが、彼女の試着待ちなんて、なんだかデートらしくなってきたではないか。どんな服を着ているのだろうと楽しみにしながら待つ。
しばらくすると試着室のカーテンが開いた。
「どうかな?」
「すごくかわいいと思うよ!」
茉優が試着した服は淡い水色のブラウスにふわふわとしたかわいらしいスカート。いつもと雰囲気が違って見えてかわいらしいと和基は素直に思った。
「いつもと雰囲気違うね」
「えへへ、そうかな」
茉優はそのまま試着室でくるりと回る。
大変かわいらしい。が、茉優の普段の服装は清楚でシンプルなものが多いので、少し違和感を感じる。
「いや、きっと雰囲気が違うからそう思うだけだよな……」
「どうかした?」
「ああ、いや、なんでもないよ」
和基の独り言が聞こえたのか、首を傾げる茉優に、和基は慌てて首を横に振った。
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