第3話

 次の日のこと。和基は久しぶりにバスケをしていた。

 場所は市経営の総合体育館。体育館部分の二階は観客席になっており、そこには透の姿が見えた。

 放課後そそくさと帰ろうとした透の姿を見かけて、和基が無理矢理見学に誘ったのだ。


「和基、パス!」

「おう!」


 バスケ部員も久々のコートでの練習にテンションが高まっていた。次々にパスやゴールを決めて、練習試合は休憩に入る。


「どした?」

「ああ、いや、透の様子が気になって」


 体育館の端に寄せられた鞄から水筒を取り出し、水分補給をしながら和基は視線を透に向けた。


「透って、あの……お前、よくあんなのと仲良くできるよな。いつも仏頂面でなに考えてるかわかんねぇよ」

「透はべつに仏頂面じゃないっすよ。笑うときは普通に笑うし、全然みんなが言うみたいに無表情なんてことはないです」


 和基は話しかけてきた二年生の先輩にそう言った。

 透は無表情と言われることが多い。しかし和基の前では普通に笑うし、化け物が見えるだけの、至って普通の高校生だ。残念ながら、それを知っているのは普段行動を共にしている和基だけだった。


「でもあいつ、幽霊見えるって言ってるやつだろ」

「幽霊は見えないっすよ。本人もそう言ってましたし」


 二年生は目を細めて透を見ていた。和基は先輩の言葉を否定する。

 小学生のときに化け物が見えると騒いだことのある透は、そのことを知っている同じ小学校だった生徒によっていろいろと噂された。そして噂が広まるうちに、変な尾びれまでついてしまっていた。

 友人である和基としてはそれは間違いだ、と全校生徒に言って回りたいが、透自身が気にしている様子がないのでそう言う行動は控えている。


「ふーん、なんだ。幽霊が見えるってのは嘘なのかよ」

「嘘です、嘘、嘘。嘘中の嘘」


 先輩は透が霊感があるわけではないと知って興味をなくしたようだ。先程まで少し気味悪そうに透を見ていたのに、どうでもよさそうに視線をずらした。


「まぁ、どっちにしろ近寄り難いイメージはあるよな」

「そうですかね?」


 先輩の言葉に和基は首を傾げた。

 小学生から付き合いがある和基にとっては、周囲の透に対する評価が理解し難かった。とっつきにくい、気味が悪い。どちらも和基が透に抱いたことのない感情だ。

 彼らがどうして透にそういう感情を抱くのか、そちらの方が理解できない。


「で、その透くんはなんでここにいるんだ? お前が誘ったん?」

「はい。なんかあいつ、今朝から元気ないように見えたんで」


 それは朝のホームルームが終わり、和基が遠く離れた席の透の方に振り返ったときだった。昨日まで元気だった透は顔色が悪く、どこか落ち着かない様子だった。

 和基はそれがずっと気になっていたのだ。ちなみに体調が大丈夫か声をかけたときは大丈夫、の一点張りだった。が、やはり落ち着かない様子で授業中もずっとそわそわしていた。


「練習再開すっぞー」

「うっす!」

「おいーっす」


 顧問に練習再開を宣言され、和基たちはコートに戻る。その際、ちらりと透の方を見たが、顔色はマシになっていたものの、いまだに落ち着かなさそうにしているようだった。どこか上の空でコートを見下ろしている。



「お疲れー」

「お疲れ様でしたー」


 部活が終わり、夕焼けが空を赤く染めるなか、和基と透は並んで帰路についていた。


「なぁ、今日ずっと元気ない? というか落ち着きがない? みたいだけど、なんかあったのか?」

「いや、べつに」


 食い気味に透が返事する。どこをどう見てもべつに、という様子ではない。


「教えてくれよー。俺ら友達だろ?」

「友達だからこそ言えないこともあるんじゃないか」


 そう言って透はぐっと拳を強く握りしめた。透らしくない行動に和基は戸惑う。


「大丈夫だって。俺、もし透が俺のプリン食べたとか言ったとしても怒んないよ?」

「なんでプリン……」

「そこは例え話だって」


 数歩先に歩いた和基は透の方に振り返る。和基にまっすぐ見つめられた透は少し視線をあちこちに彷徨わせながら、ゆっくり口を開く。


「お前の彼女……茉優さんのことなんだけど」

「ああ、茉優ちゃん? 実はさ、次の休みにデートする予定なんだよね!」

「彼女とは別れた方がいい」

「……は?」


 嬉々として彼女とのデートの予定を自慢した和基に、透は俯いたままそう断言した。和基は一瞬の間、透がなにを言っているのか理解できなくて、困惑する。


「えっと、別れたほうがいい? 俺と、茉優ちゃんが?」

「ああ」


 困惑状態で聞き返す和基に透ははっきりと頷いた。


「……は? 意味わかんねぇ」

「あの子はやめておいた方がいい」


 間を置いて、和基はそう言葉を吐き捨てた。

 しかし透も引き下がろうとしない。もう一度別れるように忠告した。


「なんでだよ、透も付き合いたてのとき、あの子はいい子だって言ってたじゃん」

「いい子じゃなかった。いい子じゃなくなってた。だから別れた方がいい。和基のために言ってるんだ」

「なにが俺のために言ってるだよ。せめて理由を説明しろよ!」


 和基の声色が荒くなる。一方的に別れろ、と繰り返す透に怒鳴り声を上げた。


「それは……」


 透は和基の大声にたじろぐと口をつぐんだ。

 気まずい空気が二人の周囲を漂っている。


「まさか透、茉優ちゃんのことが好きだとか言わないよな? 俺の彼女だって知っておきながら、好きになったとか言わないよな?」


 透はどうして理由を説明しないのか、そう思い和基が考えついた理由は一つだけだった。透が茉優を好きになった。そういうことだろう。


「ち、違う! それだけは絶対にない!」


 和基の言葉を聞いて透は顔を真っ青に染めて否定する。何度も首を横に振っていた。


「じゃあ、なんで理由を説明してくれないんだよ!」

「そっ、れは……」


 透はまた口籠る。唇をきゅっと結んで気まずそうに目線を逸らした。


「そこで黙るってことはそういうことだろ⁉︎ なんだよ、なんでだよ! なんで透があの子のこと好きになんだよ!」

「違うって、それは誤解だから! ただ、あの子はやめておいた方がいい! 友達だから忠告してるんだ!」

「ふっざけんな! 人の彼女を横取りしたいだけなんだろうが!」


 和基は怒鳴り声をあげると、透を置いて早足で家へ帰った。


 家につき、自室に入った和基は怒りを込めて鞄をベッドに叩きつけた。

 まさか、透があんなやつだとは思わなかった。人の彼女に惚れて、和基との仲を壊し、横から彼女を盗もうとしている。和基には透がそう考えているとしか思えなかった。


「クソッ! なんでだよ……」


 和基は大声を上げて拳を机に叩きつけた。

 透との仲は良いつもりだった。良い友人関係を築けていると思っていた。そう思っていたのは自分だけだったのか、と和基はショックを受けて先程の怒りから一転、糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。


「透……なんで」


 彼女と別れた方がいい。透の言った言葉を思い返しながら、和基は涙が出そうになって瞼を閉じた。

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