第2話

 こっくりさん。それは大体の人が聞いたことがあるだろう、放課後の学校で行われる謎の儀式。

 透が用意した紙と十円玉を使い、こっくりさんと呼びかければこっくりさんが尋ねた質問について答えてくれるというもの。


「儀式の最中は絶対に十円玉から手を離さないこと、だってさ。もし質問が終わってもこっくりさんが帰ってくれなかったら、根気よく帰るように頼む。これだけわかればじゅうぶんでしょ」

「おっし、やるかー」


 律儀にスマホでこっくりさんについて調べてくれた透の指示に従って、和基は十円玉に指を乗せた。透も指を乗せる。


「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」


 透がそう虚空に声をかけるが十円玉が動く気配はない。


「これっていつ動くもんなの?」

「さぁ? 俺もやったことないからわかんないよ」


 もう一度、今度は二人声を合わせてこっくりさんを呼び出す呪文を唱える。


「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」


 静寂。なにも動かず、なにも聞こえず。十円玉はもちろん、教室内に変化は起こらない。


「試しになにか質問してみる?」

「そうするか」


 透に勧められて和基はなにを聞こうかと思案した。

 体育館の修復工事はいつ終わりますか。次のテストの答えはなんですか。考えれば考えるほどいろんなことを聞きたくなる。しかしなんとか気になることをひとつにしぼって口を開く。


「んーと、じゃあ、茉優まゆちゃんの好きな人は誰ですか?」

「えっ、そんなこと聞くの?」


 和基の質問に透は眉を顰めた。

 茉優というのは高校に入学してできた和基の初めての彼女だ。手芸部に所属しており、和基とは違うクラスで、和基の一目惚れからのアプローチで見事お付き合いまで発展させることができた。


「彼氏として気になんじゃん?」

「ふぅん……そういうものなんだ」


 透が興味なさ気に頷いたとき、先程まで微動だにしなかった十円玉がスーと動き始めた。


「え?」

「俺は動かしてないよ」


 困惑する和基に自分じゃないと否定する透。

 二人の視線は一人でに動き出した十円玉のあとを追う。


「か」

「ず」

「き」


 十円玉が示した名前は和基。和基はにやりと上がりそうになる口角を必死で我慢した。


「なに、にやにやしてんの」


 我慢したつもりだったが、できていなかったらしい。透に気持ち悪いと呟かれた。


「だって、茉優ちゃんの好きな人は俺なんだってー」

「そりゃあ、好きでもないのに和基と付き合わないでしょ。そんな男遊びするような子じゃないだろうし」

「そうだよなー。やっぱ、そうなんだよなー」


 デレデレと表情を緩める和基に透は本日何度目かのため息をついた。


「でも、勝手に動いたってことはこっくりさんがこの場にいるってことだよね」

「そうなるよな。他にも質問してみるか? ほら、さっきは俺が質問したから今度は透が質問してみろよ」

「うん」


 透は頷くと考え込んだ。本当にこっくりさんが呼べるとは思っていなかったので、和基と同じく質問もなにも考えていなかったのだろう。


「ううん、じゃあ、次のテストで和基は赤点を取りますか?」

「なんちゅうこと聞いてんだよ」

「あっ、動き出したよ」


 透の言った通り、十円玉は紙の上を滑り出す。今度は五十音表の方ではなく、鳥居の横までスッと移動した。


「はい、だってさ」

「クッソ、嘘だと言ってくれ」


 十円玉ははい、という文字の書かれたところでぴたりと静止する。つまり、こっくりさん曰く次のテストで和基は赤点を取るのだ。

 このこっくりさんの返答に和基はショックを受けた。実際に、和基は成績が良い方ではないので、赤点を取る可能性は高い。


「透は? 次のテスト、透は赤点取りますか?」


 仕返しと言わんばかりに和基がこっくりさんにそう問いかけると十円玉はスーと移動を開始する。


「いいえ」

「マジかよー。いや、わかってたけどさー」


 和基の座学の成績が中の下だとすると、透の成績は上の中程度。和基と違って赤点なんて取るはずがない。


「まぁまぁ。また俺がテスト前に勉強見てあげるからさ」

「頼むわー」


 和基は少し項垂れながら透に勉強を見てもらう約束をした。


「他に聞くことー。なんかある?」

「俺はべつに……和基は?」

「俺もめっちゃ聞きたい! っていう内容のはとくにないかな。まさかほんとにこっくりさんが来るとは思わなかったもん」


 和基の頭に思い浮かぶ質問はどれもこれもしょうもないことばかり。わざわざこっくりさんに聞くことではないと判断して、こっくりさんを辞めることにした。


「終わるときってどうすんの?」

「こっくりさんに帰ってもらうんだよ。そうしないと終われない」


 二人は十円玉から指を離さないまま、こっくりさんに帰ってもらうようにお願いする。


「こっくりさん、こっくりさん。どうぞお帰りください」


 透がそう言うと十円玉は動き出し、はいという文字のところに移動するかと思うと急に角度を変え、五十音の方へ動き出した。


「え? なんで……き?」

「を」

「つ」

「け」

「ろ」


 困惑しながらも和基たちはこっくりさんが指名した文字を一つずつ読み上げた。


「気をつけろ……って、なにになんだ?」

「さぁ? よくわからないけど、なにかを忠告してるみたいだね。もしかして和基の次のテストの赤点、相当ひどいんじゃない?」

「赤点に気をつけろってこと⁉︎」


 こっくりさんに告げられた気をつけろという忠告。二人はその言葉の意味を理解しきれないまま、こっくりさんを終わらせた。


「最後のびっくりしたな」

「うん。あのあと普通に帰ってくれたみたいだけど、最後の警告はなんだったんだろうね」

「とりあえず、しばらくの間は授業中寝るのは我慢しとくか」

「それはこっくりさんに言われなくても我慢しないといけないことだけどね」


 透とこっくりさんの感想を言い合いながら、和基は学校を出た。通学路を歩いていると茉優の姿が目に入る。


「あっ、茉優ちゃんだ」

「えっ? ああ、ほんとだ。あっちの方にはたしか手芸店があったから、そこに行ってたのかな」

「たぶんそうだろうな。隣にいる子、同じ手芸部の子だもん」

「あれ、和基って手芸部と交流あったっけ?」


 和基の言葉に透は首を傾げて尋ねた。


「いや、茉優ちゃんが見せてくれた写真の中に手芸部メンバーで撮った集合写真があったんだよ。あの子はその写真で茉優ちゃんの隣にいた子だわ」

「ふぅん」


 自分から聞いておきながら、透は興味なさそうに相槌を打った。視線もすでに茉優たちから逸れている。


「声かける……のはさすがにやめとくか。友達と一緒のときに急に声かけられても困るよな」


 せっかく見かけたので彼女に声をかけたい気持ちはあったが、そう判断して和基と透は茉優たちを横目に帰路についた。

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