お隣の奇怪

西條 迷

第一章 喧嘩

第1話

 学校には七不思議というものがある。やれ誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえるだの、やれ夜中に動く人体模型だの。一番ポピュラーで小学生でも知っているものといえばトイレの花子さんだろうか。

 大体どこの学校にも七不思議というものは存在し、もちろん市元いちもと和基かずきが入学した高校にもそういった話が受け継がれている。


「なぁ、うちの学校ってどんな七不思議があるんだっけ?」

「いや、急にどうしたの?」


 放課後の人気ひとけの失せた教室で和基が声をかけたのは、和基の友人の瑠璃川るりかわとおる

 さらさらとした髪にきらきらと透き通った瞳を持った、世間で美人と評される顔立ちをした和基の幼馴染だ。


「なんか今日、昼休みにクラスの女子が話してるのを聞いてさ」


 和基は自身の腰掛けた椅子を後ろに傾けて天井を見つめながら、退屈そうに透の問いに答える。


「ああ、そんな話をしてる子いたね」


 透は和基の前の席に座っていた。本来の透の席は和基とは離れているので勝手に他人の椅子を借りている状態だ。

 和基と透以外、人がいない教室ではそれを咎める者はもちろんいない。


「そんで学校の七不思議ってやつ、小学生のときに聞いたなー懐かしいなーって思ったわけ」

「ふぅん、それで?」

「部活なくて暇だし、この学校の七不思議巡りでもしようかな、と思った次第であります」

「なんでそうなるの……」


 和基が体勢を戻して透と向き合うと、透はわざとらしくため息をついた。呆れ顔で和基を見つめ返す。


「しゃーねぇじゃん? 急に体育館が老朽化ーとか言われて使えなくなって、部活できねーし。朝練はあるけど放課後できること減ったし」

「それで暇つぶしに学校の七不思議を巡って遊ぼうと」

「そういうこと」


 和基は透の言葉に頷いた。透はまたため息をつく。

 和基は高校に入学すると、バスケ部に入部した。理由は体を動かすのが好きだったから。あと、バスケ部員はモテそうという偏見からだった。

 しかし十月に入った頃、急に全校集会で体育館を老朽化に伴う修復工事を行うと告げられ、体育館で部活を行っていたバスケ部とバレー部は放課後の部活の回数が減ることになってしまった。


「でもたまに市が経営してる総合体育館で練習してるんでしょ?」

「してるけどさー。ほんとにたまになんだよね。なんか予約とか取らないといけないらしくて」


 体育館の工事が始まって、はや二週間が経つが和基がボールを使っての部活を行えたのは三回だけだ。そろそろちゃんとバスケがしたい。だがそれにはめんどくさい手続きを行って予約を取らないといけない。簡単に言うと、和基は暇を持て余していた。


「透って幽霊見えるじゃん」

「幽霊は見えないって。見えるのは化け物だから」

「化け物も幽霊も一緒じゃない?」

「全然違うから」


 和基の問いに透は念を押すように否定する。

 運動神経は良いものの平凡な顔立ちの和基に比べると、随分と整った顔をした透は女子にモテる。だが、彼女たちはいつも遠巻きに透を見ているだけで、クラスメイトの男子たちも透への嫉みと気味が悪いという理由で近づかないので、透は和基と一緒にいるとき以外はいつも一人だった。

 透を気味悪がっているのはおそらく同じ小学校に通っていた人たちだろう。小学生時代の透は人が化け物に見えると騒いではクラスメイトを怯えさせ、大人たちを困らせていた。

 なんでも透は特異な目を持っているそうだ。和基たちには普通の人間に見えるのに、透の目にはその姿が化け物として映っている。生まれつきの、恐ろしい能力を持った目。

 それのせいでせっかく整った顔立ちをしているのに、周囲に疎遠にされてしまい、教室の隅に追いやられていた。そこに声をかけたのが和基だった。

 それからというもの、和基と透は同じ中学、高校に進学し、いつも一緒に行動している。


「そもそも七不思議が幽霊の仕業とも限らないんじゃない?」

「ああ、それもそっか!」


 透の言う通りだ。

 もし仮に七不思議が本当に存在したとして、それの原因が幽霊とは限らない。

 和基たちにとっては怪奇現象が起きれば幽霊の仕業だと瞬時に思い込んでしまうが、透が化け物と幽霊は別のものだと言うのだから、幽霊以外の者の仕業という可能性はじゅうぶんにある。


「じゃあ、試しに行ってみようぜ!」

「なんでそうなるのって、俺さっき言ったよね?」

「いいじゃん。透、帰宅部だしどうせ暇だろ?」

「暇ではあるけど。めんどくさいからやだよ」

「えぇ……」


 和基はノリノリで透の手を取り立ち上がったが、透に簡単に振り解かれてしまった。


「この学校の七不思議がなにかもわかないのに、適当にそれっぽいところに行くんでしょ?」

「おう」


 和基の返答に透はため息をついた。


「暇つぶしならべつのことでいいじゃん。カラオケとか」

「飽きた」


 部活ができずに暇を持て余した和基はカラオケに買い物など、透と一緒に一通りの遊びはしたつもりだ。

 たまには変わった遊びをしたい。


「いいじゃん、学校の七不思議探しとか、卒業したらできなくなるんだぞ?」


 和基が不満気に頬を膨らますのを見て、透は渋々鞄から紙を取り出した。


「なになに? 勉強でもすんの?」

「こっくりさんしよう」


 和基の言葉を否定して、透は筆箱からペンを取り出し、あいうえお順にひらがなと鳥居を書いていく。数字やはい、いいえなどの文字をすらすらと書いていた。


「ああ、なんか見たことある! 俺はやったことないけど、小学のときに女子がそんな感じの紙持ってたわ」

「十円出して」

「はいよー」


 再度椅子に座り直した和基は鞄から財布を取り出すと、透に言われた通りに十円玉を取り出した。


「これだったら和基も文句はないし、俺も和基の七不思議探しに付き合って学校中を回らなくて済む。でしょ?」

「おう、文句なし! でもやり方わかんねぇんだよな」

「今どきそれくらいスマホで調べれば出てくるよ」

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