縮小する県庁

 さきの選挙で、知事が交代した。


 前の知事は何期連続だったか。

 いいところもあったが、もう結構なお歳だったせいか、近年の時勢に対応しきれていない部分もあって、若手に取って代わられてしまった。


 新しい知事が所属している政党は、他府県で行った緊縮財政がきっかけで勢力を拡大した政党だった。

 財政は回復したのだが、伝統文化事業だろうと容赦なく補助金をカットしたせいで、ずいぶんな騒ぎになってしまった過去がある。


 そのため、1000年前から古墳と寺社観光だけをウリに呑気に暮らしてきた県民は、わが県の古いものにもコストカットの大ナタが振るわれるのではないか、と大いに恐怖した。




 さて、件の新知事が就任してしばらくした頃。

 県庁の玄関に頭をぶつけた、という事案が頻発していた。


 初めは知事の改革がになった、などと笑っていたのだが、いくら何でも1週間に10人は多すぎる。

 早速、玄関に警備員を配置したり、頭上注意の看板を設置したり、あげくにはプチプチクッションで玄関のドア周辺をガードした。


 それで、玄関のほうはマシになったのだが、次は廊下でやたらと正面衝突する事案が増えて来た。

 ぶつかった職員に聴取すると、なんでも「普段はぶつかるような場所じゃないのに、相手がぶつかってきた」と互いに主張するのだ。


 さらには、駐車場で何度挑戦しても枠におさまらない事案、9人乗りのエレベーターに7人しか乗れない事案(翌週には6人しか乗れなくなっていた)、などが相次いで発生した。


 表題に書いてしまったのでもう皆さまお気づきでしょう。

 県庁が縮んでいってるのです。

 玄関も、廊下も、机も椅子も、B定食のカツも、様々なものが縮小コピーをかけたように1~3割ほど小さくなっているのです。


 当然、その頃には皆が異変に気付いており、専門の業者を入れて調査したのだが原因はさっぱりわからない。

 それでも県庁の業務は日々多忙なもので、ちょっとばかし縮小したくらいで休んでも居られず、誰もかれもお互いに気を付けながら業務にいそしんでいた。


 ところがとうとう大問題が発生した。

 書類の大きさまでジワジワと縮み始めたのである。


 基本的に役所は文書主義といって、業務すなわち文書の交付である。何から何まで文書を交付し、公文書となって効力を発揮する。それでようやく役所の仕事が完遂されたという扱いになる。


 しかし、その公文書の大きさが定格を満たさなくなってしまった。

 職員たちは、印刷機から吐き出される日毎にミリ単位で縮んでいく小ぶりの文書を、倍率を計算して拡大コピーする作業に忙殺された。

 むろん、コピー機からの出力も勝手に縮小されるため、計算するのがとてもややこしい。


 ある時、機転を利かせたひとりの職員が、コピー機一台と延長コードを引っ張っていき、県庁の敷地外でコピーを試みたのだが、今度はコピー機が作動しない。

 どうやら県庁のコンセントから出力される電気が少なくなっているらしい。

 県庁内のコピー機はどうやって動いているのかというと、どうも庁舎内にある機械は消費電力まで少なくなっているので、上手く動いてるようなのだ。

 そいつを敷地外に持ち出すと消費電力だけが戻って…、と。

 どこまでも意地の悪い現象である。


 職員たちは怒る気力も消え失せ、死んだ魚のような目をしてプリンターとコピー機の往復作業を延々と続けた。

 県庁内に居る限り消費カロリーが抑えられているので、どれだけ残業しても余り疲れずにやれてしまうところがまた皮肉な現象だった。


 なお、どれだけ残業しても一向に残業代が増えないのは県庁の怪奇現象とは関係がなく、新知事の緊縮政策のせいである。




 知事は、困り果てていた。

 就任一年目から怪奇現象に悩まされるとは思ってもいなかった。

 それに、職員がコピーに忙殺されているので県庁そのものが機能停止寸前である。

 これでは改革を推し進めるどころではなくなってしまい、最近は知事自ら台車を押してコピー用紙を配り歩いている始末である。


 もし、この印刷前のコピー用紙まで縮んできたらどうしようか。


 そんな恐ろしい想像を頭を振って追い払うと、汗を拭う間も惜しんで用紙配りに精を出す。


 こんなはずではなかった。

 県議会議員も我が党推薦の議員が過半数を占め、盤石の体制で県を掌握したはずだった。

 もちろん、国や各市町村への根回しも忘れていない。

 これからの県政は自分の思い通りに動かせると言っても過言ではなかった。

 それが、こんな笑い話のような現象に潰されるとは!


 笑い話…。


 笑い話、ねえ……。


「悩める知事とかけまして、縮小する県庁と解きます!」


 知事は台車を押しながら唐突に叫んだ。

 コピー機と格闘していた職員の手が止まり、視線が知事に集中した。

 その中のひとりが遠慮がちに尋ねた。


「そ、そのこころは?」


 知事は満面の笑みで答えた。






「どちらも、知事困る(縮こまる)」






 

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